名馬は1日にして成らず~スターロッチ一族の挑戦~


皆さんこんにちは、そしてあけましておめでとうございます!
『正月だけで4キロ太った』早大お馬の会佐藤ワタルです。



皆さん、正月はどのように過ごされたでしょうか?私は毎年実家のある山形に帰るのですが、毎年ついつい祖母の料理を食べ過ぎてしまうんです(笑)この一ヶ月はダイエットに専念しなくては…







…なんて話は置いておき。2013年が終わりました。




オルフェーヴルの圧勝で幕を閉じた昨年下半期のG1シリーズ
2014年はオルフェーヴル、ロードカナロアとその路線のトップがいなくなったことで混戦が予想されます。頂点の座を誰が掴み取るのか、楽しみでなりませんね。







そんな中、恒例の月イチ血統昔話は残り3回となりました。







前回はウオッカの後編でしたね。稀代の名牝の体内には日本競馬100年の歴史が流れている、というお話でした。






今回は、前回とりあげた『小岩井牝系』とは違う、日本で長年発展してきた牝系の紹介を中心に話を進めていこうと思います。




毎年ドラマがあるグランプリ有馬記念も終わりましたが、その有馬記念に縁があり、そして数々の不運を乗り越えて日本競馬の頂点である日本ダービーを制した一族のお話です。





毎度恒例、飲み物とおつまみのお菓子の用意はいいですか…?今回も長くなりそうです。









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まったくどうでもいい話から始まるのも大変申し訳ないのですが、私、いわゆる『おじいちゃん、おばあちゃん子』なのです。本当にどうでもいいですね(笑)




両親が共働きだったこともあり、祖父母の家に預けられていたことが多く、今でも頻繁に祖父母の家に電話をしたりしています。




そんな祖父がちょうど今月誕生日でして。88歳、米寿の記念の歳ですね。先日賞状をいただいていました。




本人は『毎日寝て食ってれば誰でももらえる賞状』と言っていましたが、戦争などを乗り切り、今でも毎日元気に過ごしているわけですからね、立派なことだと思います。





…なんでこんな話から始めたのか。



というのも、今から88年前、ちょうど祖父が生まれた年に、当時北海道にあった新冠御料牧場(のちの新冠種畜牧場、現在の家畜改良センター・新冠牧場)が一頭の牝馬を輸入したのです。




以前ゴールドシップの回で紹介したのは下総御料牧場でしたが、御料牧場とあるように、競馬黎明期であったこの時代は、宮内庁が主導となって、積極的に帝室御用馬の生産や馬匹改良などが行われ、繁殖牝馬などの輸入も盛んでした。



さて、輸入された牝馬の名前はクレイグダーロッチ



4代母アンジェリカの弟が競馬史に残る大種牡馬セントサイモンという血統のクレイグダーロッチはイギリスでも由緒正しい血統と言え、日本に輸入されてからも当時の名種牡馬が交配されることとなります。



クレイグダーロッチの子どもも早期に繁殖入りしたため主な実績はありませんでしたが、優秀な種牡馬が代々交配された牝系は次第に『熟成』されていくのです。




この牝系が開花したのはそれから30年後のこと。新冠御料牧場からこの牝系を引き継いだ日高の名門・藤原牧場で、1957年、1頭の黒鹿毛の牝馬が誕生します。



翌年セリに出されるも、みすぼらしい馬体の影響でそれほど高くない価格で取引されたこの牝馬が、後にスターロッチと名づけられ、牝馬ながら有馬記念を勝つことになるとは、いくら牧場内で評判だったといえ、関係者も予想できなかったことでしょう。



2008年、牝馬ながら有馬記念を制したダイワスカーレット牝馬で有馬を制したのは長い歴史の中でスカーレットが4頭目いかに有馬を牝馬が勝つことが難しいかが分かりますしも歴史的偉業を達成した名牝と言えます。




スターロッチは引退後、故郷である藤原牧場で繁殖入り。直仔から大物は出なかったものの、1974年に藤原牧場で生まれたスターロッチの孫が、3年後の皐月賞でまるで内ラチの上を走っているかのようにも見える追い込みを決めて勝利。



この馬がハードバージ
鞍上は『天才』と称された福永洋一騎手。昨年のリーディングである福永祐一騎手のお父様ですね。



福永洋一騎手の名騎乗と呼ばれるレースで、ニホンピロムーテーの菊花賞と共に必ずと言っていいほど名前が挙がるこの皐月賞。機会があれば皆さんにもぜひ観ていただきたいと思います。




1982年、藤原牧場でハードバージ同様祖母にスターロッチを持つ牝馬アンジェリカが栗毛の牡馬を産み落とします。



徹底した逃げでファンを沸かせ、第1回ジャパンカップでも果敢に逃げたことから『日の丸特攻隊』と呼ばれたサクラシンゲキを半兄に持つこの馬が、後に天皇賞秋を制し、内国産種牡馬の雄とされたサクラユタカオー。3代母がスターロッチ。


ユタカオーは種牡馬として最強スプリンター・サクラバクシンオーを輩出。短距離を中心に今も頑張るバクシンオー産駒たちには、スターロッチの血が流れているのです。




ユタカオー誕生から2年後の1984年、藤原牧場で一頭の黒鹿毛の牡馬が誕生します。母はユタカオーの半姉にあたるサクラスマイル

この牡馬を産んで2ヶ月後、母サクラスマイルが腸捻転で死去代わりに乳母として養育にあたったのが、この牡馬の4代母であるスターロッチでした。



この牡馬は体質の弱さや脚部不安を抱えていたものの、母や叔父たち同様『サクラ』の冠名で知られた全演植氏の所有馬としてデビューすることに。



お気付きの方もいると思いますが、この馬が皐月賞、菊花賞の2冠を制覇することとなるサクラスターオー


脚部不安もありダービーを回避しながら、ぶっつけで臨んだ菊花賞を制覇。『菊の季節にサクラが満開』という杉本清アナウンサーの名実況はあまりにも有名です。



しかしその次走である有馬記念で、スターオーは芝のくぼみに脚を取られて靭帯断裂、そして脱臼の大ケガを負い、半年近くに渡る壮絶な闘病生活の後、安楽死となってしまいました。



陣営が『今までで最高のデキだった』と語ったほどのこの有馬記念。スターオーが完走していたら結果はどうなっていたのか。競馬にタラレバは禁物ですが、スターオーのその後の現役生活、そして種牡馬生活がどうなっていたか、大変気になるところです。




このように大きな不運に見舞われたクレイグダーロッチ牝系ですが、スターロッチを介していない子孫から思わぬ大物が誕生します





1989年誕生したとある栗毛の牡馬は、3代母の姉にスターロッチがいるという血統背景を持っていたものの、地味な血統構成から安値で取引されることに。しかしこの牡馬はこの一族としては珍しい、『脚元が丈夫』、という長所を持っていました。


そこに目を付けたのが、栗東の名伯楽、戸山為夫師



『鍛えて馬を強くする』という信念の下、1日4本という通常考えられないハードトレーニングを課せられたこの牡馬は、圧倒的なスピードとタフネスさを兼ね備え、日本ダービーを逃げ切ることとなります



そうですね、この栗毛の牡馬がミホノブルボンです



ミホノブルボンは秋、3冠を懸けて菊花賞に挑むも、ライスシャワーの末脚に屈して2着。その後脚部不安が彼を襲い、長期休養へ。

戸山師もこの菊花賞の時点ですでに病魔に襲われており、ブルボンの復帰を見ることなく、翌年の1993年5月29日土曜日、惜しまれながらこの世を去ります。





その翌日、1993年5月30日日曜日。東京競馬場。


メインレースは東京優駿日本ダービー


1番人気に推されたのは皐月賞馬ナリタタイシンではなく、皐月賞2着ビワハヤヒデでもなく、4着だったウイニングチケット



2番人気ビワハヤヒデとの激しい叩き合いを制し、名手柴田政人騎手に念願のダービージョッキーのタイトルをプレゼントしたウイニングチケットは、3代母がスターロッチ。8代母がクレイグダーロッチ。生産牧場はもちろん藤原牧場。



サクラスターオーの回避など、手が届きそうで届かなかったダービーのタイトルが、スターロッチが生まれてから36年後、名門藤原牧場についにもたらされたのです。クレイグダーロッチが日本に輸入されてから70年近くの時間が経過していました。



生まれてくる牝馬を大切にし、牝系を地道に繋いできた藤原牧場関係者にとって、最良の一日であったことと思います。




名馬は一年ちょっとで誕生するものではありません。父がその当時のリーディングサイアーであっても、決して活躍するとは限りません。長年に渡って作り上げられてきた母系があってこそ、そこから名馬は誕生するのです。




そしてそこには数々の関係者の思いがあります。スターオーの不慮のアクシデントなど、この一族は様々な不運、困難に遭ってきました。それでも諦めず工夫を重ねてきた牧場関係者を、競馬の神様は見ていたのかもしれませんね。




このような話を書く度に、競馬の神様は本当にいるのかもしれないと思ってしまいます。






ウイニングチケットのダービー制覇から20年後、2013年。第80回日本ダービー当日に、ウイニングチケットは東京競馬場パドックに姿を現します。ファンに元気な姿を見せていたのは記憶に新しいですね。



スターロッチの牝系はウイニングチケットのダービー制覇後、G1には手が届いていないものの、ロイヤルタッチなど数々の活躍馬を輩出しています。



現役馬だと、息長い末脚で地道に出世している現準オープンのコルージャ、シルクドリーマーなどが、スターロッチの子孫にあたります。ここ最近軌道に乗ってきたスノーモンキーもこの一族出身。一時期浦和で無双だったガイエスブルグもスターロッチの子孫ですね。


近年少し勢いが弱まってきたようにも思いますが、そこは上質な牝系。いつ活躍馬が出ても驚けません。いずれまた活躍馬を輩出してくれるでしょう。



また藤原牧場も一時期生産馬が昔ほど走らない時期がありましたが、昨年、生産馬のマジェスティハーツが切れ味鋭い末脚で神戸新聞杯で好走するまでに成長。久々に楽しみな馬が出てきました。
名門藤原牧場の名前がG1の大舞台で頻繁に見られる時代が、また戻ってくるかもしれませんね。







ということで、今日もまた、長々とお付き合いいただきありがとうございました。
お手元のおつまみのお菓子がなくなっているころかと思いますが、今回はクレイグダーロッチを祖とするスターロッチの一族について書いてみました。いかがでしたでしょう?






そういえば、先日アルフレードが、京都で行われた大和ステークス1年8ヶ月の休養を挟んで出走しました!


ようやく帰ってきてくれたことに感動して、涙が出そうにもなりましたね…1年8ヶ月、痛みに耐えて頑張ってきたアルフレードと、じっくり脚元をケアしていただいた関係者の皆様には感謝でいっぱいです。


アルフレードは母母父がサクラユタカオー。そうです、母系にスターロッチの血を持っているのです。これは出資段階で私が気に入った点の一つでもあります。



不屈の闘志を持つスターロッチの血が流れているアルフレードには、脚元と相談しながら、いつか復活を遂げてほしいと心から願っています。






そして今回、この記事を書いている最中、ヨーロッパを中心にG1を6勝し、昨年のドバイシーマクラシックでジェンティルドンナを破った強豪セントニコラスアビーの訃報が届きました。


昨年夏の『キングジョージ』直前、調教中に故障を発症。本来なら安楽死になるほどのレベルでしたが、関係者の懸命な治療により回復の傾向が見られた…矢先の訃報。


7ヶ月辛い闘病生活を送った彼の冥福を祈ると共に、いつか、セントニコラスアビーやサクラスターオーのような境遇に陥った馬たちが助かる技術が生まれてくることを祈ります。





さて、来月にはフェブラリーステークス、そしてあっという間にトライアルが始まり、春のG1戦線が幕を開けます。


うまカレの後輩たちも春競馬を盛り上げるために色々とアイディアを出し合っていることでしょう。


1年生たちもだいぶうまカレに慣れてきたでしょうし、2年生たちは今まで挑戦したことがなかったことに挑戦しようと息巻いているはずです。



このブログを読んでいただいた皆様、毎度のこととなりますが、後輩たちの応援をよろしくお願いします。




私自身、今の世代が今年うまカレをどのようにしていくのか、楽しみでなりません。




2014年が皆様にとっても、うまカレにとっても、飛躍の一年となることを祈ります!





以上、うまカレ初代代表・早大お馬の会佐藤ワタルでした!




アディオス!

ウオッカ後編・ドラマのルーツ~フロリースカップ系~

みなさんこんにちは。うまカレ初代代表の早大お馬の会佐藤です。



冬も本番を迎えたということもあり、寒いですね…毎日鍋が恋しくなります。。


せめて懐まで寒くならないよう、予想の検討はしっかり行っていきたいものですね(笑)



さて、月イチの恒例、血統昔話も毎月書くようになってからちょうど一年が経とうとしています。




過去の名馬から現在の活躍馬まで、さまざまな馬を取り上げてきたこのコーナー。


どうしても難しいという印象のある血統を、より血のロマン、血のドラマという部分を強調しながら紹介してきました。



このコーナーを見て、血統が好きになった、血統に興味を持った、そして競馬の新しい楽しみ方を知った、という方がいれば、私も書いた甲斐があるというものです。





予定では、月イチの連載は今年度中、あと4回ほどで一旦終了を予定しています。持ちネタが少なくなってきたこともありますが(笑)、元々不定期で始めた連載ですからね。何か
面白い血統の馬がいたら、また書くことがあるかもしれません。






ひとまず、残り4回、この連載をよろしくお願いいたします。



今回は11月に引き続きウオッカですが、残り3か月、何かリクエストがあればその馬について書くことも可能かもしれませんので、お気軽にコメントしていただければと思います。






ということで、今月はウオッカの後編ですね。





先月の前編(受け継がれる『王家の血』http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-212.htmlは、思ったより反響があり、改めてこの馬の持つスター性を感じたりもしました。



前編では90年ほど前の快速馬ムムタズマハルの血を受け継いでいるというお話をしましたね



書き忘れてしまったのですが、ムムタズマハルはウオッカと同じく8代後の子孫にダート女王ホクトベガを輩出したりもしています。この血は不思議な底力がありますね。いずれまた大物が出るかもしれません。





さて、今回は後編。前編は父タニノギムレットの牝系について書いていきましたが、今回はウオッカ自身の牝系について書いていきましょう。

みなさん、手元におつまみ用のお菓子の用意はいいですか…?今日も長くなりますよ…?





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以前、この連載でオルフェーヴルを取り上げたことがあります。
(日本競馬、100年の歴史の結晶http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-77.html



ここで、小岩井農場のお話をしましたね。




東北・岩手県の県庁所在地である盛岡市から車で30分ほど。名峰岩手山を望むところに、小岩井農場はあります。




今日はこの小岩井農場から話を進めていきましょう。




割と有名な観光スポットでもある小岩井農場。



私は実家が山形ということもあり、幼い頃から数回、この場所を訪れたことがあります。


10年以上前にはSL機関車と客車を利用した『SLホテル』というものがあり、数年に一度
ここに宿泊するのは、幼い頃の楽しみでもありました。
残念ながら5年ほど前に営業を終了したようですが、、、



ちなみに、この小岩井農場のレストランのチーズケーキがとても美味で。甘いもの好きで四六時中スイーツを食べている私が、これまでの人生で食べたチーズケーキの中でもベスト3に入るほどのおいしさだったと思います。




またしても先月同様るるぶのような文章になってきましたね…(笑)




話を戻して。




岩手山が火山ということもあり、この小岩井一帯は火山灰が降り積もった土壌。この手の土壌は強い酸性であることが多く、通常は農場にすることが難しいと考えられています。現在の技術ならまだしも、小岩井農場が開場されたのは今から120年以上も前。開場には相当な苦労があったと推測できます。



地道な努力により豊かな農場となっていった小岩井農場は、1907年、イギリスから20頭の繁殖牝馬を輸入します。当時は輸入するだけでも相当な費用が掛かったのですが、購買金額も現在の単位で数十億単位という相当な金額が使われました。
ちょうど日露戦争で日本が勝ったことにより、母体の三菱財閥にも相当なお金があったのでしょうね。それにしても凄い金額です。



この20頭のうち、10頭ほどの繁殖牝馬の子孫は100年以上経過した今でも、日本で活躍馬を輩出しています。
アイネスフウジン、レガシーワールド、グランドマーチス、ホウヨウボーイ、トロットサンダー、ヒシミラクル、カルストンライトオ…ここらへんのG1馬の祖先は皆ここで輸入されています




これを読んでいる皆さんの応援している馬、好きな馬も、祖先を辿るとこの20頭の牝馬のうちのどれかにたどり着くかもしれませんよ…



それくらい、この20頭の繁殖牝馬が日本競馬に与えた影響は大きいのです。





その20頭のうちの1頭が、以前オルフェーヴルを取り上げた時にご紹介したのが、アストニシメント




そしてホエールキャプチャを取り上げた時にご紹介したのが、ビューチフルドリーマー。(ビューチフルドリーマー・千代田牧場が紡いだ美しき夢をご参照ください!http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-123.html



このアストニシメント、ビューチフルドリーマーと共に『小岩井御三家』と称されるのが、今日のお話の主役であるフロリースカップ上記2頭を超える繁殖実績を残し、今の日本競馬はこの馬をなくして語れないと言えるくらい大きな功績を残した繁殖牝馬です。





では、どのくらいこのフロリースカップが凄いのか。




現在まで100年以上フロリースカップの子孫は生き残り続けていますが、子孫はなんと天皇賞春、秋合わせて10勝。


クラシックは計18勝皐月賞5勝に加え、競馬の最高峰であるダービーを7勝もしています。


『最も運のいい馬が勝つ』と言われているダービーを7勝ともなると、もはや強運という言葉では片付けられませんね(笑)




一頭ずつ挙げていくといつ書き終わるのか分かりませんので、代表的な馬を紹介すると、



まずは名ホースマンとして知られる畑江五郎氏が生んだ最高傑作ガーネット有馬記念を勝った名牝ですね。6代母がフロリースカップ。


G1を5勝した名馬で、『カミソリの切れ味』と称えられた末脚を持ったダービー馬コダマコダマも6代母がフロリースカップ。


G1を2勝し、今は無き単枠指定制度が初めて適用されたキタノカチドキも、6代母がフロリースカップ。


アイドルホース・ハイセイコーの代表産駒でダービー馬のカツラノハイセイコは7代母がフロリースカップ。


G1を3勝し、日本競馬史上最速とも言われる最強スプリンター・ニホンピロウイナーも7代母がフロリースカップ。


他にも、大波乱のエリザベス女王杯を制したサンドピアリス、裸足のシンデレラ・イソノルーブル(冥福を祈ります…)を倒した桜花賞馬シスタートウショウ、菊花賞馬マチカネフクキタルもフロリースカップの子孫にあたります。あ、障害王ポレール9代母がフロリースカップですね。




これだけでもフロリースカップが日本競馬を支えてきたことが分かりますが、近年、フロリースカップは更に勢力を伸ばします。


1995年、日高大洋牧場に繋養されていた一頭の繁殖牝馬が、父サンデーサイレンスの黒鹿毛の牡馬を出産し、数日後に亡くなります。この繁殖牝馬は祖母の兄がコダマ。

この黒鹿毛の牡馬は大事に育てられ、栗東の名伯楽白井寿昭調教師に鍛えられ、武豊騎手に初めてのダービータイトルをプレゼントすることとなります。そうですね、G1を4勝したスペシャルウィークです。


スペシャルウィークは父として日米オークス馬シーザリオを輩出。そのシーザリオが今年の菊花賞馬エピファネイアを輩出しましたが、エピファネイアは11代前にフロリースカップの血を持っていることになります。エピファネイアにはコダマなど数々の名馬と同じ血が流れているのです




2003年、日高の小さな牧場で生まれた鹿毛の牡馬は、父オペラハウス、母父ダンシングブレーヴと重厚で、決して目立つとは言えない血統構成を持っていました


4代母に先ほど紹介した名牝ガーネット、10代母にフロリースカップを持つこの牡馬を、ネオユニヴァースなどを育てた栗東の名伯楽瀬戸口勉元調教師が見出し、『メイショウ』の冠名で知られる松本好雄オーナーが700万円のお手頃価格で購入。

この鹿毛の牡馬が後にメイショウサムソンと名付けられ、ダービーなどG1を4勝
日高の中小牧場が生んだ奇跡のスーパーホースにも、フロリースカップの血が流れています



他にもアイドル的人気があったオースミハルカ、新潟外回りで驚異的な末脚を駆使したオースミグラスワン兄弟も7代母がフロリースカップ。もちろんハルカの息子オースミイチバンもフロリースカップの血を受け継いでいます。


ジャパンダートダービーを勝ったビッグウルフや、2歳王者セイウンワンダー、名スプリンターだったシーイズトウショウ、そうそう、シェルズレイブラックシェル姉弟を輩出したオイスターチケットも、母系を辿るとフロリースカップにたどりつきますね。


こうしてみると、かなりの活躍馬がフロリースカップの子孫ですね。どうです、ここまで皆さんの好きな馬は出ましたか…?
スペシャルウィークやメイショウサムソンとシーイズトウショウやポレールなどが遠い親戚というのが血統の面白いところ




話はだいぶ逸れました…ちょっと時間を巻き戻して。




フロリースカップの子孫の中でも、コダマを輩出したシラオキの系統はスペシャルウィークやシスタートウショウ、近年ではシーイズトウショウなどを輩出しているように活力がありますが、この牝系に目を付けたのが、名門カントリー牧場のオーナー谷水雄三
谷水氏はタニノシーバードの輸入などでウオッカ血統話前編に登場しています。



この谷水氏が、フロリースカップ系で桜花賞馬シスタートウショウの全姉にあたるエナジートウショウにフランスの名マイラー・ルションを配合して生まれた牝馬を購入します。

この牝馬が、後に桜花賞などにも出走し、5勝を挙げたタニノシスターです。


ちなみにタニノシスターと同じ、1993年生まれの牝馬に、ビワハイジ、そしてエアグルーヴがいたりします。後に繁殖牝馬としても偉大な成績を残す馬が集まっていますね。




繁殖入りしたタニノシスターにはラムタラブライアンズタイムが付けられてきましたが、繁殖入りして4年目の種付け相手に選ばれたのが、この年の新種牡馬で、カントリー牧場が生んだダービー馬タニノギムレット


翌年の2004年春に生まれた鹿毛の牝馬は、調教をやるごとに動きが良化。その動きが評判になり、お父さんのタニノ『ギムレット』より強くなるようにとの願いを込め、ギムレットよりアルコール度数が強い酒である『ウォッカ』から名前が取られます




ようやく今日もお話の主役にたどり着きました…この鹿毛の牝馬が、後にG1を7勝する名牝ウオッカです。



フロリースカップから数えて11代目、フロリースカップなどが小岩井農場に輸入されたのが1907年なので、そのちょうど100年後の2007年のダービーで、ついにこの牝系から牝馬のダービー馬が誕生したことになりますね。


100年間、日高の生産者たちが当時の一流種牡馬を掛け合わせて繋いできた血が爆発した瞬間でもあったと思います。



フロリースカップ自体は現在の価格で表すと5億円ほどだったとされていますが、100年間にこの何十倍もの額を稼ぐことになるとは、さすがに輸入した人物も想像できなかったのではないでしょうか(笑)




オルフェーヴルらに流れるアストニシメントの血も、ホエールキャプチャに流れるビューチフルドリーマーの血も、そしてこのフロリースカップの血も、一時は『種牡馬の墓場』とも言われた日本が大事に育ててきたことで、現在、多数の活躍馬を輩出しています。これまでの生産者に敬意を表すると同時に、スペシャルウィーク、メイショウサムソン、ウオッカらの祖先を辿ると一頭の牝馬に行き着くという、血の不思議な魅力を改めて感じる次第です。



フロリースカップの子孫で現役の活躍馬を挙げると、白山大賞典勝ち馬で大井に転入したパワーストラグル、そしてメイショウウズシオ、サトノシュレン、ミトラ、エーシンヒットマン、ホクセツダンス、スーサングレート、このあたりが挙げられますね。

今年北海道の芝2600を盛り上げて菊花賞に出走したヤマイチパートナー、極悪馬場の札幌2歳ステークスで2着に踏ん張ったマイネグレヴィル、ここらへんもフロリースカップの子孫です。挙げた馬がみんな遠い親戚と考えるとなんとも不思議ですね。



そうそう、昨年の京成杯オータムハンデを1分30秒7という信じがたい時計で勝ったレオアクティブも、12代母がフロリースカップです。

ちなみにその京成杯オータムハンデを連覇したブレイクタイムはレオアクティブの伯父にあたります。ブレイクタイムは11代母がフロリースカップですね。



フロリースカップの系統は、ウオッカやレオアクティブのように高速決着を苦にしません。そしてマイネグレヴィルらのように道悪の芝もこなしますニホンピロウイナーのような快速馬だけではなく、スペシャルウィークなどのステイヤーも輩出する…本当にバリエーション豊富な血ですね。


この血はまだまだ活躍馬を輩出するでしょうし、日本競馬を支え続けていくでしょう。100年後だろうが一流馬を輩出する下地があります。



後世、この系統から輩出された一流馬の祖先がウオッカ…ということがあるかもしれません。それもまた競馬のロマンであり、血のドラマであり、魅力でもあると思います。


こうして長年にわたって名馬を輩出し続ける小岩井牝系を輸入した人々、そして不毛な土地を豊かな農地に変えた人々は、今天国でどう思っているのでしょうか。気になるところです。
この先人たちがいて、私たちが競馬を楽しめることを、私たちは忘れてはいけないと思います。





さて、長々と話を続けてきましたね。今回は本当に長かった(笑)


2部に分けて書いてきたウオッカ血統昔話、いかがでしたでしょう。これを1つにまとめて書いていたらと思うと…たぶん書くのに半日以上の時間が必要だったと思います。
ネットカフェの6時間パックでも追いつかなかった気が(笑)


このコーナーも、残り3回。そのうち2回は何を書くか決めていますが、1回はまだ流動的です。何か取り上げてほしい馬がいたら、ぜひ言っていただければと。もちろん書ける馬と書けない馬がいるので確実に取り上げられるかは分かりませんが…



今回も通勤通学や昼休みの時間潰しになったなら幸いです。そして競馬の新しい魅力を知っていただけたなら、もっと幸いです。


以上、早大お馬の会前会長、うまカレ初代代表佐藤ワタルでした!


アディオス!
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ウオッカ後編・ドラマのルーツ~フローリスカップ系~

受け継がれる『王家の血』~ウオッカ前編~




皆さんこんにちは、一ヶ月に一度登場するうまカレ初代代表、早大お馬の会佐藤です。




寒くなってきましたね…皆さん、体調はいかがでしょう?




外は寒くなってきましたが、競馬はますますアツくなってきたように思います。毎週のようにG1が開催され、数々のドラマが誕生していますね。




中央競馬だけではなく、先日は金沢でJBC3競走が行われ大いに盛り上がるなど、地方競馬からも目が離せなくなっています




今年も残り2ヶ月を切りましたが、どのようなドラマが見られるのか、大変楽しみでなりません。






さて、毎月恒例の血統昔話ですが、前回は…そうですね、凱旋門賞の上位馬の血統昔話をやったのでしたね。




前回は数頭紹介しましたが、今回はまたいつも通りお題を1頭に絞って書いていこうと思います。




ただ、今回の『お題』の馬は父、そして母、両方に血統のドラマが詰まっているのです。



一気に書くのもなんですし、今回は前編、後編に分けて書いてみようかなと。





皆さん、いつも通り手元におつまみのお菓子はご用意されているでしょうか?今回も通勤、通学の際の暇つぶしに役立てていただければ…






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まずは最初に今回のお題の馬を挙げておきましょうか(笑)





今回はG1を7勝した名牝ウオッカを取り上げようかと。




記録にも記憶にも残る名馬だったと思いますが、この子の新馬戦は未だに覚えています。つい昨日のことのようです。



デビュー前から調教でなかなか動いていましたが、公営佐賀の名手鮫島克也騎手を背に完勝。これは強いとテレビの前でカップラーメン食べながら唸ったもので(笑)



その後の活躍ぶりに関してはここで書くことでもないでしょう。条件が合った時の強さは過去のどの名馬にも勝るとも劣らない名牝だったと思います。






ということで、本編に入っていきましょう…






突然ですが、皆さん、インドに行ったことがありますか…?





え?お前はどうなんだって?私は行ったことないですよ(笑)




急速に経済が成長していたり、独特な食文化、そして数々の歴史的な建造物が有名なインド



数々の歴史的建造物の中でも最も有名なのは『タージ・マハル』ではないでしょうか。



16世紀からインドに300年君臨したムガル帝国第5代皇帝、シャー・ジャハーンが亡くなった妻の墓として建造されたのがタージ・マハル



大理石で建造されたこのタージ・マハルには毎年世界中から観光客が訪れます…
と、ここまで書くとただの『る〇ぶ』ですね(笑)




第5代皇帝の妻にして、このタージ・マハルに祀られたのが王妃『ムムタズ・マハル』。




ペルシャ語で『王家に選ばれし者』という意味のムムタズ・マハルは他国まで聞こえたとされる美貌の持ち主とされています。




観光ガイドなのか世界史の教科書なのかよく分からない文章になっていますが、ここからが今日のお話。





今から90年ほど前、イギリスのセリに素晴らしい馬体をした一頭の芦毛の牝馬が上場されました。




その牝馬の父はザテトラーク三大始祖の一頭であるバイアリータークの血を引いています。



三大始祖という言葉は皆さんも聞いたことがあるかもしれません。現在世界中で生存しているサラブレッドは、祖先を辿るとダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、そしてバイアリータークのいずれかに辿りつくとされています。





直系ということだけで言えば、現在はダーレーアラビアンが血統勢力の90%を占めているためゴドルフィンアラビアンやバイアリータークは『傍流』と呼べる存在になってきています。



バイアリーターク系も大昔は繁栄していたのですが、今は主流血統ではありません。
イギリスでは200年ほど前に歴史的大種牡馬ハイフライヤーが隆盛を極めましたが、この血は直系としては絶滅しています。




日本のバイアリーターク系はパーソロンを介した血が主であり、ここからシンボリルドルフ、トウカイテイオー、メジロマックイーンといった超大物が誕生。直系としての存続はかなり厳しい状況となっていますがオルフェーヴルが母父にメジロマックイーンを持っているように、これからは母系に入って残っていくでしょう。



まったく関係ない話になってしまいましたね…何を言いたいかというと、この芦毛の牝馬の父であるザテトラークの父系はあまりメジャーな系統ではないよ、ということです。



さて、そのザテトラーク。ニックネームがありまして、それが『Spotted Wonder(脅威のまだら)』。


芦毛に黒い斑点がある馬がごくたまに現れるのですが、これを『ベンドア斑』と言いまして、ザテトラークはそのベンドア斑の持ち主でした。


貧相な馬体に、お世辞にも見栄えがいいとは言えない毛色…ザテトラークは当時のイギリス競馬ファンからもバカにされる存在でしたが、彼は大変賢く、爆発的なスピードにより、生涯戦績7戦全勝
一説には芝1200mで50馬身差を付けて勝ったとも言われ、今でも20世紀最高の2歳馬としてイギリス競馬史にその名を残しています。






話が脱線し続けていますが、そろそろ本線に戻りましょう。どこまで話しましたっけ…
ああ、90年前にセリに上場された芦毛の牝馬の話でしたね(笑)



この牝馬は父ザテトラーク同様芦毛でベンドア斑持ちだったのですが、とにかく素晴らしい馬体をしていたとされ、それがとある人物の目に留まります。



それがアガ・カーン3世。イスラム教ニザール派のイラーム(指導者)である彼は、この牝馬を一目で気に入り、高額で落札。彼女にムガル帝国の美しき王妃『ムムタズマハル』の名を与えます。


美しき王妃の名前を与えられたムムタズマハルは、父ザテトラーク譲りの抜群のスピードを武器に1000m戦で2着に100mの差を付けたという話が残っているほどの戦績を残します。



距離は持ちませんでしたが、短距離では完勝続き。その快速ぶりは『Flying Filly(空飛ぶ牝馬)』と称えられ、本当に飛んでいるかのようなスピードだったようです。




ムムタズマハルが更に驚異的だったのは、繁殖入りしてから。娘のマーマハルマームード、もう一頭の娘であるムムタズベグムナスルーラを輩出したという点。




マームードは大種牡馬サンデーサイレンスの4、5代前に入
っており、他にもノーザンダンサーの母母父に名前を残すなど大種牡馬として知られています。キズナなどはマームードがいなかったら誕生していませんね




ナスルーラも大種牡馬として知られており、直系からはトニービンやサクラバクシンオーなど日本を代表する馬が輩出されています。





競馬にタラレバはどうかという気もしますが、マームードやナスルーラがいなかったら今の日本競馬はどうなっていたことか…サンデーもいない、トニービンもいない、もちろんディープやオルフェーヴルもいませんね。

それだけムムタズマハルが後世に与えた影響は大きく、偉大な牝馬と言っていいでしょう。







さて、ムムタズマハルのスピードは脈々と後世に受け継がれていきますが、ムムタズマハルの娘であるマーマハルを4代母に持つ牝馬が輸入されたのは今から40年ほど前の話




輸入したのは『タニノ』の冠名で知られる谷水雄三氏。父にフランス競馬史上最高の名馬と評されるシーバードを持つこの牝馬はタニノシーバードと名付けられ繁殖入り。9番子として、父クリスタルパレスの牝馬を産み落とします。



それがタニノクリスタル。現役時代アネモネステークスなどを勝った彼女は、繁殖入りした後、3番子として父ブライアンズタイムの鹿毛の牡馬を出産。




これが後にタニノギムレットと名付けられ、ダービーを勝つことになります。





ギムレットは名牝ムムタズマハルから数えて7代目。ムムタズマハルの血を両親から計4本受け継いでいます。アガ・カーン3世が見初めた牝馬の血は、70年の時を経て、日本の頂点を極めたわけです。ウオッカはムムタズマハルから数えて8代目に当たります。




一方、ムムタズマハルを見出したアガ・カーン3世殿下は、ムムタズマハルの血を受け継ぐ名馬たちを生産し、60年ほど前に亡くなりました。その跡を継いだのがアガ・カーン4世殿下




殿下は現在もヨーロッパを代表する馬産家として、大種牡馬ブラッシンググルームや伝説のダービー馬シャーガーなどを生産。世界の血統勢力図に影響を与え続けています。



ちなみに、ムムタズマハルは晩年第二次世界大戦に巻き込まれてしまい、ナチスが接収したとされ、その行方は今も分かっていません。
ヨーロッパの過去の名馬が第二次世界大戦でナチスやソ連の手に掛かったという例は他にもありますが、大変残念なことです。








戦後、4世殿下は戦火に巻き込まれたこのムムタズマハルの牝系を大事に育て続け、2008年、この牝系からザルカヴァというスーパーホースが誕生。馬主はもちろん殿下。ザルカヴァはムムタズマハルから数えて9代目に当たります。



この牝系は南アフリカでも南アフリカ競馬史最強の名牝と言われるイグーグーが登場するなど、今も世界中で活躍馬を輩出し続けています。




つまり、タニノギムレットザルカヴァは遠い親戚ということになりますね。極端に言えば、ウオッカザルカヴァという2頭の名牝には同じ血が流れているということになります。少しロマンチックな話ではありますね(笑)





更にちなみに…




ウオッカの初子ボラーレは今年2歳でまもなくデビューと言われていますが、父はG1を6勝した名馬シーザスターズ



ザルカヴァの初子の牝馬は繁殖入りするようですが、ザルカヴァの2番子の牡馬も今年2歳。ザルカシュと名づけられたこの牡馬の父もシーザスターズ。




同世代でムムタズマハルの血を持ち、同じ父シーザスターズを持つこの2頭の牡馬が、いずれ世界のどこかで同じレースに走ったりするかもしれませんね…





もちろんそれはさすがに非現実的過ぎる、とも言えますが、何があるか分からないから競馬は面白いのです(笑)ボラーレVSザルカシュが実現するか、楽しみですね。










さて、今日はこのあたりで一旦終わりましょう。前編はここまで。





前編ではウオッカの父、タニノギムレットのルーツを探ってきましたが、後編ではウオッカ自身の母系を遡ってみようと思います。また長くなりそうです(笑)









そういえば先日、うまカレが代替わりしたようですね。3代目から4代目が中心のうまカレがスタートしたようです。


なんだかんだ私が初代と考えると、時が流れるのは早いですね(笑)





発足からまもなく3年が経とうとしていますが、うまカレが少しでも競馬の普及に貢献し、なおかつ、大学に競馬サークルがないという学生の受け皿になっているのであれば、作った甲斐があるというものです。



逆に言えば、まだ3年です。うまカレに求められていることは年々大きくなっていますし、4代目が5代目である現1年生世代と上手く協力して、うまカレという名前だけじゃなく活動の幅を広げていってくれればなと思います。




初代はそれをお菓子でも食べながら暖かく見守るだけです(笑)




皆様にも、ぜひとも後輩たちのチャレンジを応援していただければと思います。私自身、これからの4代目たちの活動がどうなるか、楽しみでなりません。





以上、今日も長々と読んでいただきありがとうございました!後編は来月また書く予定です。よろしくお願いします!






アディオス!



『KIZUNA』~凱旋門賞~

みなさんこんにちは、月1の登場となるうまカレ初代代表、早大お馬の会佐藤ワタルです。




いきなりですが、今回はこの話題から話を始めなければいけないでしょう。




そうです、先日フランス・ロンシャンで行われた凱旋門賞のお話です。



日本から挑んだのは三冠馬オルフェーヴルと、ダービー馬キズナ



前哨戦も制したこの2頭なら、日本競馬ファンの『悲願』ともいえる凱旋門賞を制すことができるのではないか…

夜中、テレビの前で期待に胸躍らせていた方も多かったと思います。



しかし、結果はオルフェーヴル2着、キズナは4着。またしても、凱旋門賞の優勝トロフィーが日本にやってくることはありませんでした



勝ったのは、今年のフランスオークス馬トレヴ



タフなコースでは斤量差が大きいとはいえ、4コーナーを抜群の手応えで回っての圧勝劇は、まさに『衝撃』でした。翌日のヨーロッパ各紙には『独壇場』『凱旋門賞史上最強牝馬』の文字が並び、その評価は近年凱旋門賞を制したザルカヴァ、デインドリームを超えるとも言われるほど。



そんなトレヴ、1歳時にセリに出された時の落札額はわずか290万円。これがフランスオークスを勝った後、カタール首長の弟であるジョアン殿下10億5000万円とも言われる巨額でトレードし、凱旋門賞まで制することになるのですから、競馬は分からないものです。


フランスオークスは2100mという距離設定ですが、トレヴの勝ち時計は2分3秒77。深い芝を考えるとこの時計はまさに驚異的。

ちょうどこのレースは私も夜中に見ていましたが、衝撃以外の何物でもありませんでしたね。

そんなトレヴはこの凱旋門賞で5戦5勝。来年も現役を続行するようですが、底が知れないといいますか、今後どのような馬になっていくのか、世界中のホースマンの注目を浴びていくことになるでしょう。





あ、ここまでいつものような血統の話がまるでありませんでしたね。






今日はいつもと違う感じで、血統のお話をしていこうと思います。





今日の話の主役の登場は最後。皆さん、いつものことですが、お手元におつまみ用のお菓子と飲み物を用意して、のんびり見ていただければと思います。





ということで、まずはその勝ったトレヴの話から始めていきましょう。




トレヴの父はディープインパクトと同世代のイギリスダービー馬モティヴェーター、母父は名種牡馬アナバー。アナバーは、トレヴの管理調教師であるクリスティアーヌ・ヘッド調教師の管理馬でもありました。


母系を遡ると、4代母として名前が出てくるのが、名牝と称されるトリリオン


日本ではあまり馴染みのない繁殖牝馬かと思いますが、トリリオンの代表産駒が6ヶ国でG1を計9勝し『鉄の女』と呼ばれたトリプティク。日本にも遠征し、富士ステークスで驚異的な末脚を見せたこともある名牝ですね。


トレヴの曾祖母の妹がそのトリプティクにあたります。


トリプティクは不慮の事故により一頭も産駒を残すことなくこの世を去りますが、その他のトリリオンの子どもたちが牝系を繋げ、日本にも数多くの子孫が輸入されています。


南関の覇者フリオーソもトリリオン一族の出身。先日京都大賞典で2着と好走したアンコイルドもこの一族出身です。トレヴとフリオーソが遠い親戚というのはちょっと不思議な感じもしますね。


そんな名牝トリリオンに、リファール、リヴァーマン、アナバーと名種牡馬を交配し、そしてそこにモティヴェーターを交配して誕生したのが、トレヴ。


トレヴの管理調教師であるヘッド師の一族はヨーロッパ有数のホースマン一族で、リファール、リヴァーマンはヘッド師の父であるアレック・ヘッド師の管理馬でした。父から娘へ、30年以上掛けて大事に育てた牝系に、親子の『絆』を感じたりもしますね。

ちなみに凱旋門賞の次のレースだったG1フォレ賞で日本のブラーニーストーンらを破ったムーンライトクラウドも、血統表を辿ればトレヴと同じ一族。この一族は今週大爆発していましたね。


そしてこのトリリオン一族出身で秋華賞に出走したのがティアーモ。どちらかというとトレヴよりフリオーソに近い家系の出身ですが、アンコイルド、トレヴとこの一族は最近好調でもありますし、何より器用さがウリの一族。敗れはしましたが今後が楽しみな一頭です。






2着は日本・オルフェーヴル。血統昔話に関しては、以前私が書いた(日本競馬、100年の歴史の結晶~http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-77.html~)を参照していただければと思います。

フランス重賞を勝ったシェリルの血を引くなど、フランスに縁のあるオルフェーヴル。今年こそは勝ってほしかったところですが、これも勝負事。今年で引退とのことですが、今から産駒が楽しみでなりません。


1972年、日本調教馬として史上2頭目の凱旋門賞を果たしたのがメジロムサシ。結果は大敗だったものの、メジロ牧場は諦めず、独自のステイヤー血統を育て続けます。
そして生まれたメジロの最高傑作がメジロマックイーン

その血を受け継ぐオルフェーヴルは2年連続2着でしたが、いつか、オルフェーヴル産駒が凱旋門賞を制する日が来ることを願わずにはいられません。





3着は今年のフランスダービー馬アンテロ。ヨーロッパの至宝ガリレオ産駒で、あのフランケルと同様父ガリレオ、母父デインヒルの、今ヨーロッパを席巻している配合を持つこのフランスダービー馬のオーナーは、有名ブランド『シャネル』のオーナーとしても知られるヴェルテメール兄弟
昨年の凱旋門賞勝ち馬ソレミアもヴェルテメール兄弟の所有馬でした。



この兄弟は牝系を大切に育てることでも知られており、ソレミアの母系もヴェルテメール兄弟が育んできた牝系。そして兄弟が所有した欧州最強マイラーであるゴルディコヴァなど数々の名馬の背中には、いつも、日本でもお馴染みの名手オリビエ・ペリエがいました。
このタッグの『絆』もまた、見逃せないところです。



ちなみに、アンテロの5代母は名繁殖牝馬フォールアスペン。この一族はドバイミレニアムなど世界中で名馬を輩出しており、日本でも子孫のティンバーカントリーが種牡馬として活躍、同じく子孫のレジネッタが桜花賞を勝利するなど、世界中に枝葉を広げています。最近だと去年のエリザベス女王杯で3着だったピクシープリンセスもこの一族出身ですね。


アンテロとレジネッタが遠い親戚というのも、なかなか面白いものです。






そして今日の話の主役。ようやく登場ですね。いつも主役の登場が遅くて申し訳ありません(笑)
今日の主役は、凱旋門3着のアンテロ同様、生産者と馬主が兄弟というパターンの、今年の日本ダービー馬キズナ。


前哨戦のニエル賞で今年のイギリスダービー馬ルーラーオブザワールドに勝利した彼は、名手武豊かを背に積極的な競馬を敢行するも、4着となってしまいました。



産まれた時から他の馬とはオーラが違ったと評されていたキズナ。『キズナ』は生産者である前田幸治氏のとっておきの名前だとされていますが、キズナの他にもう一つ、前田氏が温めていた名前があったとされています。



東南アジアに咲く『胡蝶蘭』という白く美しい花があるのを、皆さんはご存知でしょうか?


その美しさから高値で取引される胡蝶蘭の学名は『Phalaenopsis』。前田氏は胡蝶蘭の美しさから、この名前を期待馬のために取っておいたそうです。


1995年に現在のノースヒルズにあたるマエコウファームで誕生した父ブライアンズタイムの牝馬は、幼い頃から体質が弱く、常に脚元に不安を抱えているような仔馬でした。
しかし、成長するにつれ素晴らしい動きを見せるようになり、前田氏は胡蝶蘭に由来するとっておきの名前『ファレノプシス』の名前を与えます。

ファレノプシスと名付けられた牝馬は、3歳春に武豊を鞍上に迎え、桜花賞、秋華賞を勝つなど、G1計3勝。名牝としてお馴染みの存在です。


ファレノプシスの祖母パシフィックプリンセスはカナダの名門ウインドフィールズファームが生み出した牝馬で、ファレノプシスの母キャットクイルの他にもパシフィカスという牝馬を産んでいます。
(ウインドフィールズファームについては、星になった聖剣~デュランダル~http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-178.htmlを参照していただければ…)


パシフィカスはビワハヤヒデ、そしてナリタブライアンと2頭の名馬を輩出した名牝。つまりファレノプシスにとって、ナリタブライアンはイトコにあたりますね。


ナリタブライアンは1998年の9月のとある朝、胃破裂により急死してしまいますが、その日、ローズステークスを勝ったのがファレノプシス。不思議な縁で結ばれていたと思います。



キャットクイルはファレノプシスを産んだ後もアメリカG2ピーターパンステークスを勝ったサンデーブレイクを輩出しますが、体質の弱い子が多いこと、そしてキャットクイルの仔出しがあまり良くないこともあり、ここ最近この家系からはなかなか活躍馬が出てこない状況でした。


なぜかキャットクイルの家系は牝馬が多く出るのです。。ファレノプシスも7番仔までみんな牝馬でした



そんな中、2010年に父ディープインパクトの牡馬が誕生。ただ、普通繁殖牝馬は活力の衰えなどが原因で高齢で産んだ子はあまり走らないとされています。この時キャットクイルは20歳ほど。3年間子どもを産んでいないとはいえ、そんな牝馬にディープインパクトをつけること自体ちょっとしたギャンブルだったかもしれません。



しかしこの青鹿毛の仔馬はとても母が高齢出産だったとは思えないくらいの馬体をしており、この一族らしからぬ体質の強さも持ち併せていました。




この仔馬が1歳になった年の3月11日、東北、太平洋沿岸を未曾有の大震災が襲います。東日本大震災です。



強い揺れに加え、経験したこともないような津波が太平洋沿岸を襲い、大きな被害を出したことは記憶に新しいかと思います



大震災直後、中東ドバイで行われたドバイワールドカップで、ノースヒルズが生産したトランセンドが驚異的な粘りを見せて2着と大健闘を演じました。



大震災の混乱をスタッフの結束で乗り越えたことに感動した前田氏。その時感じた人間同士のつながりの大切さを言葉に託し、当時牧場で一番期待していたこの青鹿毛の仔馬に『キズナ』と名付けました。



2歳秋にデビューしたキズナは出世を重ね、ダービーで大外一気、鮮やかな末脚を繰り出して、その年に生まれたサラブレッドの中で1頭しか得ることのできないダービー馬の称号を勝ち取ります。




その裏には生産者である前田幸治氏、弟で馬主の晋二氏の兄弟の『絆』、そして2歳時の主戦ながら落馬により長期休養中の佐藤哲三騎手と管理調教師である佐々木調教師『絆』があるのは間違いないと思います。




今回キズナは4着に敗れましたが、勝ちに行く競馬と今回の挑戦は称賛されるべきものでしょう。武豊騎手の勝ちに行く騎乗も素晴らしかったと思います。


来年キズナが凱旋門賞に挑戦するかどうかはまだ分かりませんが、ぜひとも挑戦し、頂点を目指してもらいたいです。



実は今年の京都新聞杯、一口馬のジャイアントリープがダービーまであと一歩のところまで来ながら、外からあっさりキズナに交わされてダービーに出ることができませんでした。
ただ、今考えると相手は後のダービー馬で凱旋門賞4着馬ですからね、相手が悪かったとしか言いようがないです(笑)





さて、今回も長々と書いてきましたが、いかがだったでしょう。
お手元のお菓子はなくなりましたか?(笑)

私は今回この話を書きながらヨーグルトを8個消費したということは、ここだけの秘密ということにしておきましょう…





秋華賞、菊花賞、天皇賞秋と毎週末G1が続き、楽しみな季節になってきましたね。
私は毎年菊花賞に全身全霊を賭けています
が、今年も大変楽しみです。そんな菊花賞の私の血統展望は今週土曜日の『うまゼミ!』をご覧いただければと思います。



もちろん他の週のG1でも『うまゼミ!』は放送されるようですし、後輩たちの熱いトークを楽しんでいただければと思います。




そして今回秋に発行するうまカレのフリーペーパー『U』vol7は凱旋門賞特集。


今年もうまカレメンバーがフランスへ取材に行ってきたとのこと。世界の競馬と日本の競馬の比較などがテーマとのことで…楽しみですね。本日搬入され今週から配布が始まります。詳細はツイッターでお知らせしますので、ぜひお手に取ってみて下さい!




今うまカレの中心となっている現3年生たちもあと1ヶ月で引退。来月からは現2年生たちが中心となっていきます。



今の2年生達もそれぞれ違った視点から競馬を考え、楽しみ、愛している人ばかり。



皆様にはこれからもうまカレを応援していただけるとありがたいです。





次回のお題は…そうですね、まあ秋の活躍馬かとっておいたネタか、どちらかをやることになると思います。こんな文章でも、楽しみにしているという方が地味に多くて嬉しい限りです(笑)


以上、早大お馬の会佐藤ワタルでした!アディオス!
TAG :
『KIZUNA』~凱旋門賞~

~終わらない栗毛の物語~

こんにちは!!


月イチで登場するうまカレ前々代表、早大お馬の会佐藤ワタルです。


もう9月ですね…季節は秋。皆さん、今年の夏競馬の調子はいかがでしたでしょうか?




え?私?まあご想像にお任せします… (笑)





そんな夏も終わりを迎えようとしている8月末。



突然、トウカイテイオーの訃報が届きました。



『貴公子』と称されたルックス、競走馬としての溢れんばかりの才能を持ち、3度の骨折を乗り越えて勝利した有馬記念など、そのドラマティックな競走生活で多くのファンに愛されたトウカイテイオー。



そんな彼が、25歳で旅立つこととなってしまいました。



生き物である限り、必ず別れの時はやってきます。今はただ、彼の冥福を祈るとともに、彼の血が後世に伝わっていくことを願うばかりです。


彼が生きている間に、このブログで彼の記事を書けて良かったと思います。彼の気品ある、オーラをまとった馬体を私は忘れません。




テイオー、お疲れ様でした。


(テイオーの血統話は5月号『王の系譜~とある牝系の物語』で http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-145.html)






さて、しんみりした話から始まった9月の血統話。



前回はデュランダルを取り上げましたね。



先日、北海道に行ってきたのですが、ブリーダーズスタリオンにてデュランダルの最期について担当の方とお話をさせていただく機会があり。改めて、亡くなったのが大変惜しいと思った次第です。



とまあ毎回一頭の馬にスポットを当て、その血統の歴史などをつらつらと書いているこのコーナーですが…
今月の『お題』はとあるG1馬

彼は父として、今年G1馬を輩出し、ブレークしました。彼の馬名の由来と、彼に関わった人々の想いを考えながら、今回も話を進めていこうと思います。



お約束になりますが、今回も長そうです(笑)
お手元に飲み物とお菓子の用意はできましたでしょうか?
通勤、通学の暇が潰れれば幸いです。




________________________________________



突然ですが、皆さん、11月1日って何の日か分かりますか…?




ん?ポッキーの日?



残念ながらポッキーの日は11月11日です(笑)

(あ、ポッキーといえば、9月3日から発売されているポッキー大人のミルク味、甘党として当然発売日に買いましたが、あれはなかなかいいですね。
9月10日から発売されるつぶつぶいちごポッキー『ハートフル』が今から楽しみです。)





…何の話でしたっけ?


あ、そうです、11月1日が何の日かという話でした。
このままだとグ〇コの宣伝で終わるところでしたね(笑)



競馬ファンにとって11月1日といえば、1998年11月1日の出来事を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。






1998年11月1日、日曜日。東京競馬場で行われた天皇賞秋で圧倒的1番人気に推されたのは、その年無傷の6連勝、圧倒的な逃走劇を続けていたサイレンススズカ





極限のスピードを誇った彼は、11月1日東京11レース1枠1番1番人気と1並びになったこのレースで、1000m57秒4という圧倒的な逃走劇を披露。






誰もが勝利を確信した3コーナーで、彼のスピードを極限を突破。沈黙の日曜日を迎えることとなります。




天皇賞の前走毎日王冠で、同年のジャパンカップを勝ったエルコンドルパサー以下を子ども扱いした彼の力は底知れぬまま、府中の3コーナーに消えていきました。ファンの夢と共に…。





それから3年半後の、2002年3月。



サイレンススズカを生産した北海道日高の稲原牧場で、サイレンススズカと同じ栗毛の牡馬が誕生します。



父もサイレンススズカと一緒。大種牡馬サンデーサイレンス


母は、『スズカ』『スリー』の冠名でお馴染みの永井啓弐氏が所有していたローズオブスズカ。このローズオブスズカは半兄にイギリスダービー馬ドクターデヴィアス、全兄に高松宮杯を勝ったシンコウキングがいるという『超良血』。自身は未出走だったものの、繁殖としてかなりの期待を掛けられていました。



ローズオブスズカは最初海外で交配されていましたが、この時もイギリスダービー馬ベニーザディップ(サイレンススズカの叔父)を2年連続で付けるなど、稲原牧場がもう一度夢を追おうとしていたのがよく分かります。そんなローズオブスズカが初めて国内で種付けされた時も、相手はサイレンススズカと同じサンデーサイレンス。当然の選択といえるでしょう。




かくして産まれた、稲原牧場期待の栗毛の牡馬。




ところが、この期待の牡馬は生まれつき体質が非常に弱く、それこそ競走馬になれるかも危ぶまれたくらいだったようです。




体質が弱いだけではなく、産まれて数ヶ月後には急に目が黄色くなってしまう病気を発症。奇跡的に治ったものの、関係者に心休まる時はなかったと推測できます。




彼を襲う試練はこれだけではありませんでした。





翌年、2003年、8月。



フィリピン沖で発生した台風10号は日本列島を縦断し、北海道日高地方を襲います。


滅多に台風の襲来がない土地を直撃した台風10号は豪雨をもたらし、日高地方では浸水などの被害が発生しました。

この時のニュースは今でも覚えています。池の中州に取り残された子馬。この馬は中州に迷い込んだのではなく、牧場が浸水して池となってしまい、その子馬が中州のようになった場所に取り残されてしまったのです。この子馬が救助される時の映像は、今も忘れられません。



稲原牧場もこの台風10号で厩舎が浸水。当時1歳だったローズオブスズカの栗毛の牡馬はまたしても生命の危機に陥るのです。なんとか生き延びて、一時的に他の牧場で避難生活を送ることができましたが、彼の当歳、1歳時は波乱の連続だったと言えるでしょう。



そんな彼も2歳となり、競走馬としてデビューを迎えます。



一時は競走馬にもなれないと思われていた子。台風の襲来など様々な苦難を乗り越えてきた彼に、オーナーである永井氏は『フェニックス(不死鳥)』の名前を授けます。





そうですね、この栗毛の牡馬が、今日のお題であるスズカフェニックスです。

130826_1520~04
(先日、北海道で会ってきました。)




栗毛のサンデーサイレンス産駒で、子どものころ体質が弱く、稲原牧場生産、永井啓弐氏所有で橋田満厩舎。



サイレンススズカとかなり似ているプロフィールを持っていたフェニックスは、当初は体質の弱さが影響するも、4歳になって本格化。サイレンススズカとはまるで逆の追い込み脚質となり、強烈な末脚を武器に出世していきます。



そして迎えた2007年、高松宮記念。



1番人気に推されたスズカフェニックスは、鮮やかな末脚を見せて完勝。


稲原牧場、そして永井氏に9年ぶりのG1タイトルをもたらしました。ひ弱だった栗毛の子馬がG1馬に上り詰めたことで、関係者は格別な喜びがあったのではないでしょうか。



その後スズカフェニックスがG1を獲ることはありませんでしたが、2009年から種牡馬入り。その血を後世に繋ぐこととなります。
130826_1520~01





…と書いて、今日のお話は終わり…




と思えるのですが、もう少し、お付き合いいただければと思います。ここらへんで手元のなくなったお菓子を補充してはいかがでしょうか?

え?まだなくなってない?


(おかしいですね…私の手元からはすでにコアラのマーチが2箱、ポッキーが1箱消えてしまったのですが…)



そんな感じでちょっとこの話の続きを。




フェニックスが種牡馬入りした翌年の春、各牧場でフェニックスの初年度産駒が誕生。



日高・新冠のヒカル牧場でもスズカフェニックスの産駒が誕生しました。毛色は父と同じで、栗毛。母はテンザンローズ。



ヒカル牧場は40年以上前に天皇賞春などを勝った名馬ヒカルタカイを生産した老舗。先日北海道に行った際に通りがかりましたね。


この母であるテンザンローズの母系の歴史は古く、その歴史はこのブログで度々その名前が登場する『小岩井牝系』に遡り、過去に名ステイヤーヒシミラクル、菊花賞馬アカネテンリュウ、宝塚でオグリキャップを倒したオサイチジョージを輩出した名繁殖牝馬ヘレンサーフに辿りつきます。



話はちょっと逸れますが、このヘレンサーフ系、私大好きなんです。私は血統好きですが、日本の古くからの血統が好みということで、ステイヤーが好きで。ヘレンサーフの家系は優秀なステイヤーを輩出するなど、100年間続いている名門。近年活力が落ちているのは事実ですが、まだまだ活躍馬を出す可能性がある一族だと思います。何より、私を血統好きにさせてくれたのがヒシミラクルでして、またこの一族で夢が見れることを願っています。



話戻して。


そんな名門を母系に持つこの父スズカフェニックスの牡馬はスクスクと成長し、1歳時から評判が良かったそうです。


サマーセールでビッグレッドファームが購買し、マイネルの冠名で走ることとなった本馬には、父であるスズカフェニックスから連想した馬名が名付けられました。



そうですね、マイネルホウオウです。


フェニックスを表す星座、『ほうおう座』から名前が取られた彼は、今年春のNHKマイルカップを鮮やかな末脚で制しました。ヘレンサーフ好きの私にとってもこれは大変嬉しい出来事でした。



昨年、マイネルホウオウを輩出したヒカル牧場の繁殖牝馬たちの間で病気が流行し、多数の繁殖牝馬が流産。繁殖牝馬の頭数が10頭ほどのヒカル牧場は危機に陥ってしまいました。その危機を救ったのが、マイネルホウオウ


鞍上の柴田大知騎手も、一時期2年連続で勝ち星なしと苦難の騎手生活を送っていた苦労人。それでもひたむきに努力を続けていた柴田大知騎手にG1のタイトルをもたらしたのも、マイネルホウオウ



今から15年前の11月1日、一度は府中の3コーナーで散った栗毛の夢。その後、関係者が必死に繋げてきた栗毛の夢は、数々の困難を乗り越え、15年後の今年5月5日、多くの関係者の夢を叶えることとなりました。




サイレンススズカ、スズカフェニックスの故郷である稲原牧場



稲原牧場の一番高いところ
に、サイレンススズカの墓はあります。




日本競馬史に残る快速馬は、天国から、これからも続くであろう栗毛の夢を見続けているかもしれませんね。






ということで、9月の血統話はこれで終わりです。


いかがだったでしょう。さすがに手元のお菓子はなくなったと思うのですが…(笑)



今回も、少しでも血統の面白さが伝われば幸いです。




血統は難しい、という声を、よく耳にします。



確かに難しいですね(笑)しかし、とても奥が深く、魅力に溢れた分野だと思います。




例えば、今短距離戦線で頑張っている牝馬シュプリームギフト。彼女はスズカフェニックスと同じ一族の出身です。



前にも書いたかもしれませんが、スペシャルウィークウオッカメイショウサムソンは牝系を辿ると同じ一頭の牝馬に辿りつきます。



そんなことを考えながら競馬を見ていると、競馬の新しい一面が見えてくるかもしれません。



競馬の新しい一面を知るという点では、後輩たちが頑張って出しているフリーペーパー『U』もそのキッカケになるかもしれませんね。




若い競馬ファンだからこその視点で作っている『U』。次回作が今から楽しみです。




さらに新しく『うまかレッスン』なる企画も始まるようです。こちらも楽しみですね。しかも中山競馬場さんで開催するということで…いったいどんなレッスンが行われるのでしょう。http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-184.html(是非正しいダ〇ス産駒との付き合いかry…)




さあ、秋競馬が始まります!




去年はデムーロ騎手の敬礼などが印象的でしたが、今年はどのようなレースが見られるのでしょうか。楽しみは尽きません。






以上、早大お馬の会佐藤でした!


アディオス!


プロフィール

うまカレ


全国の大学に在る競馬サークルのメンバーを中心とした競馬を愛する学生たちが既存の競馬ファンだけでなく、競馬をやったことのない人たちにも『競馬の楽しさや素晴らしさを伝えよう!』と立ち上げた学生団体です。

学生競馬ファンのリーディングとして、主に学生を中心とした同年代へ向けて、競馬の素晴らしさ、面白さを様々な視点やコンテンツを通じて紹介し、競馬文化の普及、競馬事業への文化的支援を行うことを目的としています。

オグリの時代に生まれた僕らで
オグリの時代の熱狂を、もう一度。

※2005年より20歳以上であれば学生でも勝馬投票券を購入できるようになりました※

お問い合わせ
umacolle@hotmail.co.jp

HP
http://umacolle.web.fc2.com/

うまカレ紹介ムービー
http://www.youtube.com/watch?v=RfyrC-KbZQ4


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