メジロ、愛しき血筋よ~凱旋門賞総括・菊花賞への道~





皆さんこんにちは。
最近の趣味はプリン製作、うまカレ初代代表、早大お馬の会佐藤です。





プリンのいいところは「割と短時間で作れること」
進化する甘党として、最近は自給自足生活を続けています。





毎度おなじみ余計な話から始まりましたが…皆さん、お久し振りです!
いつの間にか季節は秋になってしまいました。





皆さんにとって、秋といえばなんでしょうか?
食欲?読書?スポーツ?






…このブログを見て下さっているみなさんは、秋といえばもちろん競馬だと思います(笑)
先々週、新潟競馬場で行われたスプリンターズステークスを皮切りに、秋のG1シーズンが開幕。今日は秋華賞が行われて、ショウナンパンドラが優勝。この後も、有馬記念まで目の離せないレースが続きますね。






そういえば皆さん、スプリンターズステークス当日の夜は何をしていましたか…?
大半の皆さんは夜11時半頃テレビの前に正座されていたことでしょう。そうですね、凱旋門賞ですもしかしたら大雨の中、競馬場のパブリックビューイングに行っていた方も読者にいらっしゃるかもしれません。(それを通り越して、現地観戦の方もいらっしゃるかも !?)







今年で「93回目」を迎えた世界最高峰とも言われるこのレースに、今年は日本から3頭の挑戦者たちが、日本競馬界の悲願を達成せんと参戦した…のですが、、、まあ結果は皆さんご存知のことでしょう






さて、今日は凱旋門賞に挑戦した日本馬の一頭について、ちょっとおしゃべりしていこうかなと
ただし、この馬については2年前にお題として書いたこともあり、今回はその時と違う観点から話を進めていこうと思います。






皆さん、お手元におつまみのおやつの用意は整っていますか?毎度恒例ですが、今日も長いですよ…?(笑)











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これまで私が書いてきた血統昔話ですが、書いていて常にこう思います。
血統が起こす奇跡の裏には、必ず背景に関係者の努力、執念があると。




もちろん、その血統の配合が素晴らしかったというのもありますが…
「人の想いは馬を強くする」やはり、そう感じるのです 。






ということで、今日は日本のホースマン史の中でも、ある意味「一番執念深かった」人物が生んだ奇跡のようなお話





凱旋門賞当日フランス・ロンシャン競馬場で開催されるレースはG1ばかり。
日本でも11月のJBCデーにG1が3レース続けて行われますが、3レースでもかなり盛り上がりますからね…その倍以上の数のG1が一日で行われることを考えれば、ロンシャン競馬場の盛り上がりは容易に想像できます。中でも、武豊騎手がアグネスワールドで制したアベイ・ド・ロンシャン賞などは日本でも名前が知られているのではないでしょうか





そういえば、凱旋門賞の一つ前のレースにあたる牝馬限定戦のG1オペラ賞も、1994年、武豊騎手が騎乗したエリンバードが1 位入線するも、5着に降着になったということで、ある意味日本で知られているかもしれませんね。そのエリンバードは後に安田記念にも参戦し、引退後に日本へ輸入。今ではオークス馬エリンコートの母でもあります





そんなオペラ賞は今から40年前、1974年に創設されました。当時のレース設定は3,4歳牝馬のみが出走できるG2で、距離も芝1850m。初代勝ち馬はシェリル






シェリルの父は1969年にフランスリーディングサイアーとなったスノッブ。聞き慣れない名前かとは思いますが、スノッブの母の全兄は名種牡馬シカンブルです。




…それも聞き慣れない?(笑)
シカンブルは現役時代にグランクリテウム、フランスダービー、パリ大賞とフランスの主要G1の3つを制した競走馬で、産駒のファラモンド、ムーティエ、ダイアトムらが種牡馬として日本に輸入。ファラモンドが2冠馬カブラヤオー、ムーティエが同じく2冠馬タニノムーティエや菊花賞馬二ホンピロムーテー、ダイアトムが天皇賞馬クシロキングなどを輩出。これまでの日本競馬史を作ってきた名馬が数多く生産されたこともあり、シカンブルは日本でも馴染みのある名種牡馬です






…どこまで話しましたっけ?ああ、シェリルの父がスノッブだっていう話をしてたんでした。
話が脱線し過ぎて、このままだと書き終わるのに一週間掛かりますね。疲れてきたので、そろそろコンビニにプリンでも買いに…







ごめんなさい真面目に書きます。。







シェリルは1歳時にセールで購入されましたが、落札したのは日本人。
そう、北野豊吉社長です。『メジロ』の冠名で知られた大馬主ですね。





当時は、社台Fの吉田善哉社長、シンボリ牧場の和田共弘社長、メジロ牧場の北野豊吉社長らが海外競馬へ進出し、海外の大レースを自分の所有馬で制覇しようとしていた時代。北野社長も、所有馬メジロムサシを凱旋門賞に挑戦させるなど奮闘していました。メジロムサシは18着と大敗だったものの、これは価値のある挑戦であったと思います





北野社長はシェリルを落札した後も、競走生活はフランスで行わせ、オペラ賞を勝たせることとなります。そして現役引退後、日本へ輸入。当時からメジロ牧場期待の繁殖牝馬だったことは想像に難しくありません





ところが1977年、シェリルが父メジロサンマンの牝馬を産み落とした後、ちょっとした騒動が発生します。
その年シェリルと交配されたのは、天皇賞馬メジロアサマアサマは種牡馬入りして最初の年の受胎率がなんと0%、『種無しスイカ』とも揶揄された存在。そんな種牡馬を牧場期待の繁殖牝馬と交配させるなど、いくら社長の方針でも従業員が反対したのは間違いないでしょうね。周囲にはアサマに固執する北野社長を笑った人もいたはずです





しかし北野社長の執念か、シェリルはアサマの子を受胎。翌年生まれた芦毛の牡馬が、後に天皇賞秋を勝つメジロティターンです。母シェリルの繁殖としてのポテンシャルが高かったのだとは思いますが、まさにティターンは北野社長の執念が誕生させた名馬としか思えません






ティターンが種牡馬入りした年、北野社長は亡くなります。
この時の『ティターンの子から天皇賞馬を』という遺言はあまりにも有名ですね。






それ以降、 メジロ牧場は北野社長の妻であるミヤ夫人が中心となり運営。
ミヤ夫人は競馬ファンの間でも競馬場に和服で来場する『メジロのおばあちゃん』として有名でしたね。





北野社長が亡くなった3年後、菊花賞や有馬記念を勝ったメジロデュレンの母でもあるメジロオーロラが、父メジロティターンの芦毛の牡馬を生みます。
アメリカの名優スティーブ・マックイーンから名前を取られたこの馬が、後にG1を4勝する名ステイヤー、メジロマックイーンです。





マックイーンは1991年天皇賞春で武豊騎手を背に快勝。北野社長の遺言通り、ティターンの子から天皇賞馬が誕生し、メジロアサマから3代続けて天皇賞馬が出るという快挙を成し遂げたのです。まさに北野社長 の夢が叶った瞬間でした。この時はミヤ夫人も、亡き夫の悲願が叶ったことで号泣されたと聞きます




しかし、メジロマックイーンは天皇賞春を勝った後に臨んだ宝塚記念で、メジロ牧場の同期であるメジロライアンに敗北。




メジロライアンはそれまでG1で好走はすれど1着には手が届かず、これが嬉しいG1初勝利。鞍上は関東若手期待の星だった横山典弘騎手『ライアンが一番強い』と度々公言してきた同騎手にとって、これが牡馬に乗ってのG1初勝利。今では日本ダービーを2勝、日本を代表する名手となった横山騎手に最も影響を与えた馬かもしれません




そんなメジロライアンの母は、先ほどちょっと出てきたシェリルとメジロサンマンの子、メジロチェイサー。ライアンにとってもメジロティターンは叔父にあたり、シェリルは祖母にあたります孫2頭がG1でワンツーしたことを考えると、シェリルが相当な繁殖ポテンシャルを持っていたことが改めてよく分かりますね






メジロマックイーンとメジロライアン。どちらも引退後に種牡馬入りしますが、メジロドーベルメジロブライトなどを輩出し、内国産種牡馬の雄と言われたライアンと比べて、マックイーンの種牡馬成績はなかなか振るわず







そんな中、メジロ牧場は次第に衰退。サンデーサイレンス全盛期の中、『長所を伸ばすこと』を意識して常に長距離血統に長距離血統を交配してきたメジロ牧場は、次第に時代から取り残されていっていたのかもしれません。
2000年に近隣の有珠山が噴火したことも衰退の一因となったかもしれませんが、やはり急速にスピード化が進んだ日本競馬に対応できなかったことが直接の衰退の原因だと思われます。メジロ牧場最後のG1勝ちとなったメジロベイリーの父がサンデーサイレンスであったことは何とも皮肉なことです






2004年には北野ミヤ氏も亡くなり…2011年5月。メジロ牧場は解散します。数々の名ステイヤーを輩出し、日本競馬をリードしてきた名門牧場の解散は、競馬ファンに衝撃を与えることとなりました。






それから2ヶ月と経たない2011年7月9日函館競馬場で行われた新馬戦をとある芦毛の牡馬が制します。
父はステイゴールド、母ポイントフラッグの父はメジロマックイーン







そうですね、今日のお題であるゴールドシップです。(2年前ゴールドシップを取り上げた時のお話『星の王子さま~皐月賞馬ゴールドシップ、80年の物語~』http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-82.htmlも良かったらどうぞ。)




祖父メジロマックイーンと同じ芦毛の馬体で、雄大なフォームから繰り出されるパワフルな末脚には多くの人々が魅了され、北野社長がシェリルを輸入してから38年近く経った2012年の皐月賞でG1初制覇。38年の間にメジロ牧場は無くなってしまいましたが、ロングスパートで他馬のスタミナを削るゴールドシップにはメジロの面影を見ることができます。





シェリルが第一回オペラ賞を制して40年。ロンシャン競馬場にゴールドシップの姿がありました。鞍上はシェリル、メジロ牧場とも縁の深い横山典弘騎手。これまでの2年、同じくステイゴールド×メジロマックイーンの組み合わせだったオルフェーヴルが好走していたこともあり、フランスの競馬ファンの間でも、この『黄金配合』を知っている人がいたかもしれません





何よりフランスのオールド競馬ファンにとって、3年連続で血統表にシェリルの名前がある馬をロンシャン・凱旋門賞の大舞台で見ることができる、それは喜びであり、競馬の醍醐味でもあるのかもしれません。地元の大レースに遠く日本から挑戦してくる馬に地元と縁の深い血が流れているわけですからね。







ちなみに。







凱旋門賞の一つ前に行われるレースはオペラ賞ですが、凱旋門賞の一つ後(現在はアラブG1レースを挟んで次にあたる)にあるレースがG1・フォレ賞。シェリルがオペラ賞を勝った年、フォレ賞を勝ったのは、あのノーザンテーストゴールドシップの体内に流れている「血」です。ゴールドシップの血統は父系も、母系も、フランスに縁があるのです。






ゴールドシップの結果は14着と決して芳しいものではありませんでしたが、レース後、横山騎手は『馬はよく頑張ってくれた』というコメントを出しました。





常々『馬はよく頑張っている』というコメントを残す横山騎手。


凱旋門賞前にも『未勝利もG1も一緒。無事にゴールまでたどりつくのは大変なこと』というコメントも残していましたが、彼のこのようなコメントは、馬へのリスペクト、そして競馬の厳しさを誰より知っているからこそ出てくるものでしょう。17年前、海外遠征を渋る馬主に遠征を直訴し、遠くドバイの地で星となったホクトベガの経験が、彼の中で今も生きていることがよく分かります。






今回、ゴールドシップの結果は決していいものではありませんでした。しかし彼の体内に流れるメジロ牧場の血は、挑戦と、執念の歴史で出来ています。これで彼の挑戦が終わったわけではありません。挑戦の歴史は彼がまた創っていくことになるだろうと思います。






それこそ来年の凱旋門賞は、今年横山騎手と共にダービーを制したワンアンドオンリーが挑戦しているかもしれません。いつの日か、日本馬が凱旋門賞馬の栄誉を手にするその日が楽しみでなりません。








以前、この血統昔話でちょっと取り上げたハープスターも凱旋門賞に挑みましたが、結果は6着
そういえば、鞍上の川田騎手の初重賞制覇となったのはメジロ牧場生産のメジロマイヤーでしたね。川田騎手の故郷・九州で行われた小倉大賞典。この勝利は川田騎手の重賞初制覇でブレークのきっかけとなり、そして長い歴史を持つメジロ牧場にとって、これが生産馬最後の重賞勝利でした。川田騎手もこれからまた海外の大きな舞台に立つ日が来るでしょう。今回の経験がその時に活きることを願うばかりです






メジロ牧場は現在レイクヴィラファームと名前を変え、マーケットブリーダーとして新たな歴史を作り始めています。日本の頂点を争うノーザンファームからノウハウを得て、より現代の潮流に乗ったサラブレッド生産を行っているようです。





そんな中、今年ショウナンラグーンが青葉賞を制覇。レイクヴィラファーム生産馬にとって初重賞制覇でした。ラグーンの母系を辿ると、祖母はメジロドーベル。更に辿るとメジロ牧場を支えた名牝系の祖メジロボサツに行きつきます。名牝シェリルを祖母に持つメジロライアンが母母父に入り、6代母までがメジロの冠名を持っているラグーンにも、メジロの執念の血が流れていると言っていいのではないでしょうか。ショウナンラグーンは来週の菊花賞に出走登録していますが、それも含めて、この先の活躍が楽しみですね






後輩たちの活躍を、レイクヴィラファームに眠るメジロの歴代の名馬たちも空の上から眺めていることでしょう







さて、今日も長々と書いてきました。そろそろお手元におつまみのお菓子がなくなったころかと思います(笑)
今日はメジロ牧場・北野社長の執念と挑戦が生んだ奇跡のようなお話を書かせてもらいました






メジロの長距離血統を掛け合わせるという方針は間違っていないと思います。スピードが重視される現代競馬において、潜在的スタミナが求められてくるようになりましたが、ステイゴールド×メジロマックイーン、いわゆる『黄金配合』から数々の名馬が生まれているように、いずれメジロの血を受け継いだ馬から活躍馬が出てくることになるでしょう





血統派であり、血統好きでもある私にとって、池江泰郎元調教師のサイン入りメジロマックイーンの血統表は所持している競馬グッズの中で一番お気に入りのものでもあります。今、棚に飾ってあるその血統表を眺めながらこの文章を書いていましたが、北野社長の執念の塊であるマックイーンの血統表は、いつ見ても美しく、いつ見ても素晴らしいものですね






秋のG1シーズンが始まりましたが…
そうそう、うまカレの後輩たちがまた色々と企画を考えているようですよ






フリーペーパーに加え、イベントの企画などもしているようです。
様々な大学から会員が集まり、次第に勢力を拡大しているうまカレにも、間もなく5代目の代表が誕生しようとしています。





早いですね…そう考えると何だか自分が年を取ったような気がしてきます(笑)
そういえば最近走るとすぐに息が上がり…ああ、それは単なる運動不足の影響か。






4代目中心のうまカレも、あと少し。5代目はどういったうまカレを作ってくれるのでしょう。





皆様、これからもうまカレの応援、よろしくお願いいたします。






次回の登場はいつでしょうね…またネタができたら登場するかもしれません。




以上、うまカレ初代代表・早大お馬の会佐藤でした!






アディオス!


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うまカレ


全国の大学に在る競馬サークルのメンバーを中心とした競馬を愛する学生たちが既存の競馬ファンだけでなく、競馬をやったことのない人たちにも『競馬の楽しさや素晴らしさを伝えよう!』と立ち上げた学生団体です。

学生競馬ファンのリーディングとして、主に学生を中心とした同年代へ向けて、競馬の素晴らしさ、面白さを様々な視点やコンテンツを通じて紹介し、競馬文化の普及、競馬事業への文化的支援を行うことを目的としています。

オグリの時代に生まれた僕らで
オグリの時代の熱狂を、もう一度。

※2005年より20歳以上であれば学生でも勝馬投票券を購入できるようになりました※

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