想いの花咲く頃~奇跡の血を持つ馬と、その夢を繋ぐ者たちの挑戦~




皆さんこんにちは、お久しぶりです。
うまカレ初代代表、早大お馬の会佐藤ワタルです。





4ヶ月ちょっと振りですかね…皆様お元気でしたか。
夏も真っ盛りです。暑さで参っているという方も多いかもしれません。




それ以上に突然の大雨が困ったもので。
先日東京競馬場で花火大会が開催されましたが、当日は夕方から酷い大雨に。その代わりと言っては何ですが、花火と雷のコラボレーションという貴重な?シーンを見ることはできました。




何にせよ、皆さま、水分補給は怠らないようにしましょう。







と雑談はこのくらいにして。





今年の3月まで、毎月『血統昔話』ということでお題の馬を決めて色々書いてきましたが、久々の新作になります。
今回取り上げる馬は、毎月連載してた頃に書こうと思っていた一頭ですが、どうにもきっかけがなく、書く機会がないまま連載終了となった名馬です。





ということで皆さん、久々ではありますが、お手元に飲み物とおつまみのお菓子の用意はいいですか?
今日も長くなりそうですよ…















先日、函館競馬場にグラスワンダースペシャルウィークが来場しました。
当日は朝早くから多くのファンが詰めかけたとの事。現役時代は数々の名勝負を演じた2頭ですが、その人気は今も衰えることがありませんね。




1995年産まれの競走馬は多数の活躍馬が出たことから『黄金世代』と呼ばれていたりもします。セイウンスカイファレノプシスアグネスワールド、エアジハード、ウイングアロー…芝ダート問わず各カテゴリーに活躍馬を輩出したことが、この世代の評価をよりいっそう高めたと言えるのではないでしょうか。






1999年12月26日…中山で行われたあの有馬記念
後の「世紀末覇王」ことテイエムオペラオーとツルマルツヨシを抑え切ったグラスワンダーとスペシャルウィークの2頭によるゴール前壮絶な叩き合いは、今でも名勝負として語られていますね。





その2日後の12月28日、とある一頭の偉大な牝馬がこの世を去ります。今日はその牝馬から、物語を起こしていきます。






さかのぼること50年前、アメリカでソングという牝馬が誕生します。自身も5勝した活躍馬ですが、この牝馬の名前が現在でも有名なのは、何と言っても1969年にとある偉大な繁殖牝馬を出産したからでしょう。




父にアルゼンチン4冠馬で名種牡馬としても知られるフォルリを持つ、この牝馬の名前は、スペシャル今日の『お題』のルーツとなる名繁殖牝馬です




現役時代こそ1戦して未勝利だったスペシャルでしたが、繁殖入り後に大種牡馬ヌレイエフを輩出。ヌレイエフは有名どころでは、トゥザグローリー、トゥザワールド兄弟などの血統表でその名前を見ることができますね。今年のオークスを勝ったヌーヴォレコルトも、母父父がヌレイエフ。
父親としても、安田記念を制したブラックホークや凱旋門賞馬パントレセレブルなど、世界的な種牡馬に相応しい産駒成績を残しています。



スペシャルが凄いのは、息子だけでなく娘も名繁殖馬になったことでしょう。ヌレイエフの半姉にあたるフェアリーブリッジが、サドラーズウェルズ・フェアリーキング兄弟を輩出しました。



サドラーズウェルズは、ヨーロッパの血統勢力図に大きな影響を与えている一頭。中でも息子のガリレオは、怪物フランケルを送り出すなど欧州リーディングサイヤーとして現在活躍しています。フェアリーキングもまた種牡馬として成功し、日本ではハープスターの母父父にその名前を見つけることができます。共に偉大な種牡馬と言えます。



ヌレイエフフェアリーブリッジの妹にあたるナンバーも日本に輸入された種牡馬ジェイドロバリーを産むなど、このスペシャルの血は今も日本競馬に大きな影響を与えています。




さて、他にも多数活躍馬を送り出していたスペシャル、ソング、そしてその母ラフショッドの作る牝系ラインに惚れ込んだ一人の日本人がいました。それが渡邊隆オーナー。



父の渡邊喜八郎氏も日本初の芦毛クラシックホース・プレストウコウを所有しているという、馬主家庭に育った隆オーナー。若い頃にイギリスダービーを現地観戦して以来、「いつか世界レベルの血統を自分の手で育てたい」という思いを持つようになり、このスペシャルの牝系に惚れ込んで、その血統を持つ馬を探すようになります。



各国の繁殖牝馬セールのカタログ全てに目を通すほどだったようで、まさに執念の一言。
私も趣味は「海外セリ研究」なので分かりますが、カタログ1冊をチェックするだけでもかなり時間が掛かるものです。当然、ひとつひとつ翻訳していかなければいけませんし、大規模セリのカタログなどは分厚いので、終盤は頭痛が発生します…



そうして迎えた1992年冬。アイルランドで行われたタタソールズ社ディセンバーセール。この繁殖牝馬セールのカタログを眺めていた渡邊オーナーはスペシャルの血を持つ牝馬を発見。父は2代母にスペシャル、3代母にソングを持つ大種牡馬サドラーズウェルズ。母方にも3代前にソングを持つこの牝馬は、まさに渡邊氏が探し求めていた繁殖牝馬でした。



早速、渡邊オーナーはこの牝馬を落札しようとしますが…その牝馬は体調不良で上場が取り止めに。
渡邉オーナーの夢は再び振り出しに戻るかと思いきや、そこで諦めるオーナーではありません。
繋養されていた牧場に直接交渉を始めます。周囲は見栄えがしないその馬体を理由に購入に反対したようですが、渡邊オーナーはその信念に基づき、買い付けに見事成功します




この時購入した繁殖牝馬こそサドラーズギャル。見栄えのしなかったサドラーズギャルですが、その後「日本競馬の歴史を塗り替える」ことになろうとは、まだ渡邊オーナー本人も想像していなかったことでしょう。




アイルランドからアメリカの所有する牧場に移されたサドラーズギャル。初年度は諸般の事情により大種牡馬エーピーインディを交配しましたが、血統好きの渡邊オーナーは翌年の交配相手をこのとき既に決めていました。




その交配相手こそ、種牡馬入りしたばかりであったヨーロッパのトップマイラー・キングマンボ
父はアメリカの歴史的大種牡馬ミスタープロスペクター、母はG1を10勝した名牝ミエスク。妹もG1を3勝したイーストオブザムーンなどがいる超良血馬です。




ただ、キングマンボは今でこそ大種牡馬として知られていますが、当時は実績未知数の立場にあります





渡邊オーナーがキングマンボを気に入っていたのは、その良血ぶりだけではなく母がミエスクだったということ。それも、G1を10勝したという実績ではなく、ミエスクの父がヌレイエフだったことにあります。つまり、スペシャルの子です。



少し専門的な話になりますが、キングマンボとサドラーズギャルを交配すれば、産まれてくる子は「ソングの5×5×4」というクロスが発生します。スペシャルと、その全妹リサデルで作る『トリプルクロス』というのは大変珍しい配合で、血統をある程度知っている人物であればためらってしまうくらいの近親交配にあたります。血統好きの渡邊オーナーにとって、これは『血統への挑戦』だったのでしょう。




サドラーズギャルは、翌年無事に黒鹿毛の牡馬を産み落とします
日本に輸出されたこの牡馬に、渡邊オーナーは以前から期待馬に「ある馬名」を付けようと決めていました。それはとっておきの名前です。




アメリカの名フォークデュオ・サイモン&ガーファンクルがカバーした、アンデスのフォルクローレの代表曲『コンドルは飛んでいく』がその由来です。






コンドルは飛んでいく…スペイン語で『El Cóndor Pasa』






そうですね、今日のお題はエルコンドルパサーです






スペシャルの名前が出たあたりで気づかれていたかもしれませんね(笑)




美浦・二ノ宮敬宇調教師の元でデビューを果たしたエルコンドルパサー。デビュー戦がダート競走だったのは有名なエピソードですね。その後連戦連勝を重ねると、無敗でG1・NHKマイルカップを制覇します。
当時外国馬はクラシック出走不可のため、次走は毎日王冠に。ここでは伝説の「サイレンススズカによる逃走劇」の前に完敗を喫するも、次走ジャパンカップはエアグルーヴスペシャルウィークを制して優勝。これが1998年の3歳(当時の表記は4歳)世代のレベルの高さを証明することとなります。




実はその年の夏。渡邊オーナーは、二ノ宮調教師らエルコンドルパサーの関係者を召集していました。
その理由は、翌年の海外遠征プランについて
日本競馬史に残る『挑戦』は、ここからもう始まっていたのです。



1999年・春。エルコンドルパサーはいよいよフランスに降り立ちます。
じっくりと環境に慣れさせて、エルコンを現地の競走に適応させる…この長期遠征の視線の先にあったのは、秋に行われる世界最大のレース・凱旋門賞




当時は全てが「手探り」でした。滞在する厩務員の生活環境を整え、それに加えてエルコンドルパサーの飼い葉や飲料水に至るまでを日本で用意・フランスに輸送する日々が続きます。フランスで受け入れ先となったトニー・クラウト厩舎も、タイキシャトルで一度日本馬遠征を受け入れているとはいえ、慣れないことも多かったはず。当時の凱旋門賞の賞金額と滞在費用を比較して考えた場合、これは商業的に「まるで利のない」遠征だったと言えます。




しかし、渡邊オーナーや二ノ宮調教師など『チーム・エルコンドルパサー』の挑戦は、お金以上に「名誉を獲りに行った」ものです。二ノ宮調教師らスタッフは入念な下見を重ね、何が起こってもいいように、イギリス、アイルランドなどの近隣国へも視察に赴きます。




初戦となったG1イスパーン賞は、後に日本に輸出され種牡馬として川崎記念を勝ったフィールドルージュを送り出すことになるクロコルージュに敗れた2着。それでも陣営は手応えを掴み、迎えた2戦目はフランス・サンクルー競馬場で行われたG1・サンクルー大賞。




このサンクルー大賞の相手には、前年の凱旋門賞馬サガミックス、前年のフランス、アイルランド両ダービーを制覇したドリームウェルなど、かなりメンバーが揃っていました。このレースでは61キロという重い斤量を背負ったエルコンドルパサーでしたが、並み居る強豪を抑えての優勝。日本競馬史に残る大勝利となり、一気に凱旋門賞の有力候補となります。




このレースの前から、エルコンドルパサーを付きっきりでサポートしていたのが、二ノ宮厩舎の佐々木調教助手です。
サンクルー大賞の後も、異国でエルコンドルパサーと向き合い丁寧に仕上げました。普段の美浦トレセンとは設備も、調教コースも、全てが違う環境で凱旋門賞の有力馬を仕上げるのですから、その緊張は想像もできません。




秋初戦の凱旋門賞前哨戦であるG2・フォワ賞は、フランス初戦で負けたクロコルージュ、そしてドイツダービー馬ボルジアが相手と、わずか3頭立てのレースになりましたが、ここは完勝します。





そして迎えた1999年10月3日。第78回凱旋門賞。





降り続いた雨により馬場コンディションは不良。ペースメーカーの出遅れなどで逃げる展開となったエルコンドルパサーは直線を迎えても先頭を守り、逆にリードを広げます。ついに日本競馬の悲願である凱旋門賞制覇成った…かに思えた残り200m地点。鋭い末脚で鹿毛の牡馬が迫ってきました




モンジューです。フランスダービーなどを制覇し、当日の最有力候補でもあった同馬は、道悪をものともしない末脚でエルコンドルパサーとの差を詰め、最後は半馬身差交わして1着に。日本競馬界の夢、そして渡邊オーナーはじめチーム・エルコンドルパサーの夢はこのモンジューに打ち砕かれることとなるのです






フランスの各メディアはこう伝えました。
第78回凱旋門賞はチャンピオンが2頭いた』と。






競馬は1着になったものが強い、色々な意見はありますが、それが競馬。過去、凱旋門賞で2着した馬がこれだけ称えられたことがあったのでしょうか。




斤量差、展開、馬場…何か違っていれば勝っていたかもしれません。
ただ、この第78回凱旋門賞で先頭でゴールしたのがモンジューなのは事実。競馬にタラレバは禁物です。



そしてチーム・エルコンドルパサーは解散。モンジューが日本遠征しスペシャルウィークに敗れたジャパンカップ当日にエルコンドルパサーは引退式を行い、ターフに別れを告げました






その翌月…冒頭にも書いた1999年12月28日。
偉大な繁殖牝馬スペシャルが亡くなります。30歳は、サラブレッドでは長生きの部類に入りますね。実はモンジューも父母母がスペシャルですから、改めて素晴らしい繁殖牝馬だと思います





その3年後には、エルコンドルパサーが腸ねん転を発症、7歳の若さでこの世を去ります
ちょうど今頃、暑い時期でしたね…。




残された決して多いとは言えない産駒からは、ヴァーミリアンという大物が登場しました。
今年から初年度産駒はデビューを果たしていますが、早速中央でも勝ち馬が誕生。地方競馬には、ホッカイドウ競馬所属のエンターザスフィアが将来の大物候補と噂されているように、種牡馬生活として悪くないスタートを見せています。




もちろんエルコンドルパサー世代のスペシャルウィークとグラスワンダーも種牡馬として活躍中です。
2頭には長生きして欲しいものです。そしてまた、一般ファンの元に来る機会があるといいですよね







そろそろお手元の飲み物、お菓子がなくなってきましたか…?
新宿で中央線に乗った時から読み始めれば、そろそろ三鷹あたりに着いたころかもしれませんね(笑)もう少し、お付き合いいただければと思います。






チーム・エルコンドルパサーが解散した8年後
2007年セレクトセールで、1頭の鹿毛の牡馬が1000万で落札されました。父はステイゴールド。今ではステイゴールド産駒の牡馬が1000万など考えられないくらい安いですが、当時はまだ種牡馬としてのステイゴールドは活躍を見せていませんでしたからね。




落札したのは元日本馬主協会会長の和泉憲一氏。娘の和泉信子氏の所有馬としてナカヤマフェスタと名付けられ、二ノ宮厩舎に入厩。その3年後、ブエナビスタドリームジャーニーを破って宝塚記念を制覇することとなりました。




しかし、馬主であった信子氏は2009年にガンのため既に他界。
悲しい出来事を乗り越えてのG1制覇だっただけに、この時の陣営の喜びもひとしおだったかと思います。




2010年秋。ナカヤマフェスタは信子氏が大好きだった街・パリのロンシャン競馬場にいました。宝塚記念後に同馬の遠征計画が発表され、チーム・エルコンドルパサーが再集結





受け入れ先もエルコンドルパサーと同じトニー・クラウト厩舎。帯同助手も同じく佐々木助手。チーム名は、同じく生前の信子氏が大好きだった宝塚歌劇団から『チーム・すみれの花』と名付けられました。





私の敗戦を超えてゆけ!




エルコンドルパサーが繋いだ「夢」は、再び動き始めます。





2010年10月3日。第89回凱旋門賞。奇しくも、エルコンドルパサーが凱旋門賞に挑戦してからちょうど11年後のこの日、ナカヤマフェスタは同じロンシャンの地で、イギリスダービー馬ワークフォースと死闘を演じます。しかし、惜しくも2着に敗退。




またしても届きませんでしたが、二ノ宮調教師はレース後のインタビューで更なる挑戦を約束。エルコンドルパサーからすみれの花、そして次代に受け継がれた夢は、まだ終わっていません。
いつかまた、夢の続きを見せてくれる馬は現れるはずです。




エルコンドルパサーやナカヤマフェスタを受け入れたトニー・クラウト厩舎には、1頭の牝馬がいます。その名前はKIZUNA。昨年の日本ダービー馬と同じ名前を持つ同馬は、フェスタ同様和泉オーナーが馬主でもあります。将来的にナカヤマフェスタの交配相手として購入された同馬は、日本とフランスの『縁』にちなみ、そう名付けられたそうです。





日本のキズナも昨年凱旋門賞に挑戦しましたが、4着。今は骨折の治療をしながら再起を図っていますね。
キズナにしても、まだ夢が終わったわけではありません。夢の続きを見せてくれるのは、実はこの馬かもしれません。
















さて、今日も長々と話にお付き合いくださりありがとうございました。久々ということもありますが、また長くなってしまいました…




今回は一人の日本人が惚れ込んだ血統、そしてそこから見た夢、その夢の続きのお話でした




渡邊オーナーや二ノ宮調教師の情熱に加え、クラウト調教師らのサポート、佐々木助手らの献身的な調整1頭のサラブレッドに関わる人々の夢、挑戦の歴史を今回少しでも知っていただけたなら幸いです。




普段、何気なく見ている競走馬一頭一頭に関係者の想いが詰まっています。それを意識して競馬を観ると、競馬が更に面白く感じられるかもしれませんね。





そういえば、今年4月、エルコンドルパサーは30頭目の顕彰馬に選出されましたね。ホントようやく…という感じですが。




中央競馬所属の最後のエルコンドルパサー産駒だったトウカイトリックが引退したのも今年。乗馬として新たな活躍が期待されていましたが、4月に急死。ファンが多い馬だったこともあり、大変残念な出来事でしたね…個人的にステイヤーが好きということもあり、私自身大変ショックな出来事でした。




先日松前特別を勝って自身4勝目を挙げた一口馬ジャイアントリープ。彼の母の父がエルコンドルパサー。母父にエルコンドルパサーが入っていたことも、出資段階で彼を気に入った点の一つでした。エルコンドルパサーの血は前述の通り大変複雑で、魅力的。母父としても様々な可能性があると考えています。



いつか、エルコンドルパサーの血を後世に残す存在となってほしいですね。
渡邊オーナーがいなければジャイアントリープもこの世にいないわけで、オーナーには感謝の気持ちと、血統好きの先輩への尊敬の気持ちでいっぱいです。





4代目が中心となるうまカレも夏を迎えました。発足から4年目ということで、うまカレはまた新しい段階を迎えているようです。




初代としては時間の経過の早さに驚くとともに、後輩たちの頑張りを嬉しく思っています。
ホント、嬉しく思っているんですよ(笑)




新しい企画も色々考えているようですね。それこそ、渡邊オーナーは自分の信念に基づき、常識に挑戦し、エルコンドルパサーという名馬を生みだしたことを考えれば、『信念を持って挑戦すること』の重要性を深く感じます。






後輩たちには常に新しい分野に『挑戦』してほしいですね。楽しみにしていますし、これを読んでいただいている皆様、これからもぜひうまカレをよろしくお願いします。








さて、次回の血統昔話はいつになるかは分かりませんが、その時もお楽しみに! 早大お馬の会佐藤ワタルでした!アディオス!








最後に…小岩井牝系フラストレート一族出身のヴェルデグリーンが亡くなりました。
有馬記念で引退レースのオルフェーヴルに真っ向勝負を挑んだ姿は忘れません。ご冥福をお祈りします。

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プロフィール

うまカレ


全国の大学に在る競馬サークルのメンバーを中心とした競馬を愛する学生たちが既存の競馬ファンだけでなく、競馬をやったことのない人たちにも『競馬の楽しさや素晴らしさを伝えよう!』と立ち上げた学生団体です。

学生競馬ファンのリーディングとして、主に学生を中心とした同年代へ向けて、競馬の素晴らしさ、面白さを様々な視点やコンテンツを通じて紹介し、競馬文化の普及、競馬事業への文化的支援を行うことを目的としています。

オグリの時代に生まれた僕らで
オグリの時代の熱狂を、もう一度。

※2005年より20歳以上であれば学生でも勝馬投票券を購入できるようになりました※

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http://umacolle.web.fc2.com/

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http://www.youtube.com/watch?v=RfyrC-KbZQ4


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