天まで届け、仔の想い~社台が誇る牝系の物語~


皆さんこんにちは!
一ヶ月に一度の血統昔話の時間が今月もやってまいりました。






どもども、うまカレ初代代表佐藤ワタルでございます。







いやぁ…アツいですねぇ




…何がって?




ソチですよ、ソチ一説には松岡修造氏がキャスターとしてロシアに行った途端気温が上がり、雪不足となっているという話もありますが(笑)、連日アツい勝負が繰り広げられていることで、すっかりこちらも寝不足です。




中でもノルディック複合ノーマルヒルは手に汗握るマッチレースということもあり目が離せませんでした。
見事銀メダルに輝いた渡部暁斗選手大学の先輩でもあり、何より『甘党』!




先ほど行われたノルディック複合個人は転倒というアクシデントもあり6位入賞に終わってしまいましたが、団体戦ではこの雪辱を晴らしてくれることを祈って応援しています!






さて日本は…というと、
関東甲信越を中心に連日の大雪で大パニックに。
競馬界もアクシデントの連続。なんと11日間で8日間競馬が行われる事態となり、番組の混乱による輸送トラブルや調教不十分、除外抽選の無効などに見舞われた数週間でした。



そんな中フェブラリーステークスの週を迎えることになります。これが終われば春のクラシックのトライアルが始まります。






今日は、そんなクラシックに少々関連したお話をしようかなと。偶然が重なりあって創られた、まるで『物語』のような馬について取り上げようと思います。




皆さん、今日もお手元に飲み物とお菓子のご用意は完了していますか?


今日の話も毎回恒例ですが、長いですよ…(笑)





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そもそも、競馬とは偶然の積み重ねなのかもしれません。




以前にも書きましたが、競走馬にとって大事な、速さでありスタミナ、底力という要素。それから脚元の強さ。いずれかを欠いた場合、その馬がG1という大きな舞台で輝くことは難しいと言わざるを得ないでしょう。



そしてもう一つ。やはり競走馬にとって『運』という要素は、かなり大きな割合を占めていると思います。巡り合わせが良かったからこそG1を勝てたという馬も少なからずいるでしょうし、今日ここで紹介するストーリーも、不思議な巡り合わせ、偶然が重なって紡がれてきたものでもあります。



さて、そんな偶然のような奇跡を、ゆっくり綴っていこうかと。








話は20年ちょっと前に遡ります。





今や日本競馬最大の生産組織に成長した社台グループも、当時は主に社台ファーム千歳(現社台ファーム)社台ファーム早来(現ノーザンファーム)社台ファーム白老(現社台コーポレーション白老ファーム)に分かれており、先代の吉田善哉氏の下着実に成長を遂げていた時期といえます。




1990年3月8日。その中の社台ファーム早来で、一頭の鹿毛の牝馬が誕生したところから今日のお話は始まります。





その牝馬の父は、前年に輸入された新種牡馬トニービンアイルランドで生まれると、イタリアでデビュー。しかし3歳クラシックでは惜敗が続きます。古馬になってミラノ大賞典ジョッキークラブ大賞を連勝すると、凱旋門賞では名伯楽A・ファーブルが管理する最初の凱旋門賞馬となったトランポリーノの2着と好走。そして5歳時にジョッキークラブ大賞を連覇して挑んだ2度目の凱旋門賞では見事に優勝オルフェーヴルも果たせなかった「リベンジ」を果たすと、ジャパンカップの招待を受諾し来日。残念ながらレース中に骨折し5着となりますが、引退すると社台グループが購入し、日本での種付け生活が始まったに至ります




母は繁殖セールで、当時の価格として日本円約2000万ほどで購入されたアンティックヴァリュー。彼女は当時世界中を席巻したノーザンダンサー産駒でしたが、2000万というのはかなり安値で購入されたと言えます。かつて吉田善哉氏が目をかけていた才女シャダイソフィアの近親でもあり、レース中に故障し予後不良となった彼女の後を継ぐかように、吉田照哉氏が落札してきた未出走の良血馬です。



これだけ見ると血統的にも価値があり、いかにも値段が高くなるように思えるのですが、この鹿毛の牝馬は生まれつき左前脚が曲がっており、セリでは『お代はいくらからでもいい」という声にも誰も反応せず…売れ残りました



結局、当時社台ファーム早来の場長をしていた吉田勝己氏(現ノーザンファーム代表)の母である吉田和子氏の所有馬として競走馬になったわけですが、早速脚が曲がっているためその将来が心配され、実際入厩先だった松田博資厩舎に入る際にも『調教してダメだったら引退させる』と言われるような存在でした。



このように見た目の悪かった彼女ですが、脚が曲がっていたほかにもう一つ、顔の『流星』部分に黒い斑点が数個あるという特徴を持っていました。


それが星に見えるということで、常の一等星よりも2倍以上明るい白色恒星として有名な
星の名前が付けられることとなります。





そうですね、後にG1を2勝するベガです





今でこそ名牝と呼ばれていますが、この頃は売れ残った経緯もあって、あまり期待されていない存在だったのです。



ところがベガはその後の調教で評価が一変。新馬でいきなり2着に粘りこみます。



ここで更なる「偶然」が起こります。


2戦目の追い切りの際、初戦に騎乗していた橋本美純元騎手が寝坊で遅刻。
困った関係者は近くにいた騎手に声を掛け、調教を依頼。この騎手が当時デビュー7年目、すでにトップクラスのジョッキーとなっていた名手・武豊


これを機に武騎手に乗り替わった以降、ベガは連戦街道に乗ります。桜花賞、オークスを制覇。
もちろんこれだけの馬ですし、乗り替わらなくても結果は出ていたとは思います。しかし武騎手に乗り替わったことは、ベガの今後の運命を大きく変えるものとなっていきます。



ベガは翌年引退。初めての交配相手に選ばれたのは、当時既に旋風を巻き起こしていたサンデーサイレンス




ところがここで、初子として受胎したのは、なんと双子。



通常サラブレッドが双子を妊娠した場合、母体への影響や仔が正常に生育しないことを考え、どちらかの仔を堕胎させる場合がほとんど。ベガの場合も同様で、片方が堕胎され、もう片方だった鹿毛の牡馬が生まれることとなります。




この鹿毛の牡馬がダービー馬アドマイヤベガ



競馬にタラレバは禁物ですが、もしもう片方の仔が産まれていたらどうなっていたか。もしかしたらナリタトップロードがダービー馬になっていたかもしれませんし、その仔はアドマイヤベガ以上の活躍を見せたかもしれません。




アドマイヤベガは母同様主戦に武豊騎手を迎え、日本ダービーで鮮やかな末脚を繰り出して優勝。あの騎乗は天才と呼ばれる武豊騎手だからこその優勝だったようにも思えますし、母の主戦が武豊騎手だったことは本当に大きかったと思います。この騎手と出会っていなかったら、アドマイヤベガはまったく違う戦績となっていたことでしょう。







さて、ここまでベガのお話を書いてきましたが、今日の『お題』はベガではありません今までこんな序盤から『お題』の馬が出てきたことはないですからね(笑)






少し話を変えましょう。








1968年、日高の静内で一頭の牝馬が産まれます。名前はスイーブ


スイーブ自身は未勝利に終わったものの、繁殖牝馬としては大変優秀で、5番仔ロングイーグルが菊花賞で3着、6番仔ロンググレイスエリザベス女王杯を勝ち、12番仔ロングシンホニーは日本ダービーで1番人気に押されるなど、次々と活躍馬を送り出します。



しかし、ロングイーグルが菊花賞3着、ロングシンホニーもダービー5着、菊花賞6着と惜敗。ロンググレイスはエリザベス女王杯を勝ったとはいえ、グレード制が導入されてG1となったのは翌年エリザベス女王杯の価値はG1だったとはいえ、スイーブの一族は『クラシック』になかなか手が届かなかったのです。


そんなスイーブが13番仔として産んだのが、父にノーザンテーストを持つ牝馬。ノーザンテーストと母のスイーブ同様に栗毛だったこの牝馬ロングバージンと名付けられました。


ロングバージンは3戦して1勝という競走成績に終わりますが、スイーブも競走成績は凡庸だっただけに、当時から繁殖として期待されていたはずです。


ところがロングバージンは繁殖としてなかなか活躍馬を出せない日々が続きます。仔だけではなく、孫からも走る馬が出ない状況が続き、この状況には関係者も試行錯誤したことが想像できます。



2002年春これまで10頭を産んだロングバージンに、初めてサンデーサイレンスの血を持った種牡馬が交配されることとなります。



その交配相手は、偶然にも種牡馬3年目にしてこの年初年度産駒が産まれたばかりのアドマイヤベガ


そして2003年春、ロングバージンは父にアドマイヤベガを持つ鹿毛の牝馬を産み落としました。




この牝馬はデキが良かったようで、翌年オータムセールに出されると970万で落札されます。確かに安く見えますが、これまで母ロングバージンが全く繁殖として大きな実績がなく、値段が安くなる傾向にある牝馬がただでさえ値が上がらないオータムセールに出されての値段だと考えれば、なかなかの高評価と言えるでしょう。



落札したのはなんと吉田勝己氏。そう、ベガやアドマイヤベガの生産に携わった人物です







その一週間後






この牝馬の父であるアドマイヤベガが8歳という若さで急死してしまいます。



さらにその約一ヶ月後、この牝馬の母父にあたるノーザンテーストがこの世を去ります。33歳の大往生でした。




立て続けに牧場の功労馬を失った社台グループ。こればかりは仕方のないこととはいえ、その喪失感は計り知れないものだったことでしょう。



やがて成長したこの牝馬は、祖母にあたるベガと同様、吉田勝己氏の母である和子氏の名義で競走馬デビューすることとなります。


この世を去った父アドマイヤベガ、母父ノーザンテーストのいる天国へ、キスが届くように…このような意味が込められた名前が付けられて。





この牝馬が今日のお題であるキストゥヘヴン



デビューからパーフェクト連対を続け、6戦目となった2006年桜花賞を鮮やかな末脚で大外から差し切り、父アドマイヤベガに平地初G1のタイトルを、祖母スイーブに一族初のクラシックの栄冠をプレゼントすることとなります。


この時、祖母であるベガが誕生してから16年、スイーブが誕生してから38年の歳月が経過していました。



孫が自身と同じく桜花賞を制覇したのを見届けるかのように、この年の夏、ベガはこの世を去ります。16歳。流産や不受胎が続いたことで、遺した産駒はわずかに5頭。夢は次世代に引き継がれることとなります。



キストゥヘヴンは桜花賞を勝ったことでその将来を期待されましたが、桜花賞以降なかなか勝てなくなり、好走はあっても同期のアドマイヤキッス、コイウタに先着されるなど、苦しい日々が続きます。


そんな2008年春、キストゥヘヴンのライバル的存在であったアドマイヤキッスが急逝。その早すぎる死を誰もが惜しむ中、キストゥヘヴンは亡き戦友の分も走っているかのように復調。この年の秋の京成杯オータムハンデで、2年5ヶ月ぶりの勝利を手にします。





それから半年。2009年3月の中山牝馬ステークス。このレースのパドックに、このレースが引退レースとなるキストゥヘヴンの姿がありました。
ここまで26戦。2歳から6歳まで走り続け、アメリカ遠征も敢行したキストゥヘヴン。



そのラストランは名手・横山典弘にエスコートされ、最後の直線を向くと、こちらも復活をかけて逃げ込みを図るG1馬ピンクカメオを競り落として先頭でゴールイン。




キストゥヘヴンの物語のような馬生に、引退レースで1着というページが加わることとなりました。そして産駒に夢を託し、ターフに別れを告げたのです





その後4頭の産駒を出産したキストゥヘヴン。まだ活躍馬は出ていません。しかし、キストゥヘヴン自身が11番仔。それを考えれば長い目で見てあげたくなりますよね。
この後、ヘヴンの仔からだけではなく、孫世代から活躍馬が出る可能性も十分にあるわけです


数々の偶然が産み出し、物語のような競走馬生活を送っているヘヴンには、更なる偶然という名の奇跡を起こしてくれるような、そんな期待を私たちに抱かせてくれます。





私も競馬を見始めて10年以上の月日が経過しましたが、多くの偶然からなる奇跡を見てきた気がします。





それが競馬の一つの魅力であり、奥深さではないでしょうか。





そんな魅力たっぷりの競馬を色々な人々に知ってもらいたい、そして実際見てもらいたい





その思いがうまカレを結成する原動力になりました











さあ、まもなく競馬場にも春がやってきます!



ベガやキストゥヘヴンが辿ってきた桜花賞への道が開けてくる季節。



今年その桜花賞馬候補に挙げられているのがハープスター


父に近年屈指のスーパーホースであるディープインパクトを持ち、母はベガがこの世に送り出した唯一の牝馬であるヒストリックスター



ベガの遺伝子を受け継いだハープスターが、桜が満開の阪神競馬場で直線、大外から飛んでくるという、そんなシーンを見ることができるかもしれませんね












さて、今日も長々と書いてきましたが、いかがだったでしょう。




お手元のお菓子が無くなってしまったでしょうか?(笑)






この連載も残り1回です。



最終回を書くころには新大学一年生を迎える方々も新しい地での生活の準備をしているころでしょうね。





大学生になる競馬ファンの皆さんにはぜひ、うまカレに入ってほしいと思います。




そして自分なりに考え、行動し、競馬の面白さや奥深さを広めていってくれることを心から願っています。





入った大学に競馬サークルがなかった…そんな皆さんをうまカレの後輩たちは歓迎するでしょうし、入った大学に競馬サークルがあるという人ももちろん歓迎するでしょう。




大学一年生だけではありません



二年生以上でも遅くはありません


是非うまカレで、競馬の魅力を追求してほしいと思います。





うまカレに所属している後輩たちは、春のフリーペーパー作成に向けてすでに動いているようです。今年もうまカレは更に勢力を強め、活動の幅を広げていってくれることでしょう。(広げてくれるよね?笑)






ということで、また来月この場でお会いできたらと思います!





以上、うまカレ初代代表、早大お馬の会佐藤ワタルでした。




アディオス!

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うまカレ


全国の大学に在る競馬サークルのメンバーを中心とした競馬を愛する学生たちが既存の競馬ファンだけでなく、競馬をやったことのない人たちにも『競馬の楽しさや素晴らしさを伝えよう!』と立ち上げた学生団体です。

学生競馬ファンのリーディングとして、主に学生を中心とした同年代へ向けて、競馬の素晴らしさ、面白さを様々な視点やコンテンツを通じて紹介し、競馬文化の普及、競馬事業への文化的支援を行うことを目的としています。

オグリの時代に生まれた僕らで
オグリの時代の熱狂を、もう一度。

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