アンカツ引退

昨年日本ダービーを制したディープブリランテの鞍上は岩田康誠騎手。
元は公営・園田競馬所属の騎手です。

3年前の日本ダービーを制したエイシンフラッシュの鞍上は内田博幸騎手。
元は公営・大井競馬所属の騎手です。

ここ数年中央競馬では外国人騎手もそうですが元公営競馬所属の騎手が活躍しています。前述した二人だけでなく小牧太騎手、柴山雄一騎手もそうです。過去には安藤光彰騎手や赤木高太郎騎手がいたり、今年に入って大井の戸崎圭太騎手がすでにJRA騎手試験を終え、結果待ちの段階でもあります。
また交流競走や地方所属馬の遠征を兼ねて名古屋の岡部誠騎手や園田の木村健騎手、川原正一騎手、金沢の吉原寛人騎手などが中央競馬に騎乗することもしばしばあります。


そして、その公営(地方)競馬から中央競馬に参戦するパイオニアと呼ばれるのがご存知アンカツこと安藤勝己騎手です。


簡単に紹介すると、安藤勝己騎手は元は笠松競馬の所属。中央移籍前のオグリキャップ・ローマン兄妹の主戦だったことでも知られています
1976年に16歳でデビューするとあっという間に勝ち星を増やし、わずか2年後の1978年には当地リーディングを獲るというまさに天才騎手です。
しかも当時笠松には兄でもある前述した安藤光彰騎手や、ラブミーチャンの主戦として今も現役である浜口楠彦騎手、現在は笠松のエーシン軍団などを手がけている伊藤強一調教師ら名手が揃っている中で100勝以上を挙げ結果を出していたというのが、彼がいかに凄い騎手であるかを物語っています。また若い頃から非常に可愛い顔をしている(今でいうイケメン)と評判だったそうです。

さて、この翌年がいわゆる「リュウアラナスの大金星」があった年です。

まだ競走馬もさながら騎手の交流競走すら無かった地方・中央競馬の間に、ようやく1973年、年一度だけ中央側が招待する「地方競馬招待競走」と地方側が中央勢を迎え撃つ「中央競馬招待競走」を隔年で開催するようになりました。これが交流競走の始まりでもあります。
そして6年後の1979年、中京競馬場で行われた地方競馬招待競走でそれは起きました。宝塚記念2着の実力馬バンブトンコートが単枠指定になるほどの断然の1番人気に推される中始まったレースは、目下逃げると思われていたかつての皐月賞1番人気馬リキアイオーを11番人気の笠松所属馬ダイタクチカラがびっしりと競り合ってこれを競り潰し先頭に立ったのです。(この時ダイタクチカラの鞍上は吉田稔元騎手の師匠である故・山田義男元調教師)そして直線ではバンブトンコートが伸びを欠く中もう一頭の笠松所属馬リュウアラナスが大外から強襲。ゴール前でこれを差し切って勝利し、見事笠松競馬所属馬のワンツーを成し遂げたのです。


このレースは古くからの競馬ファンから「奇跡」「伝説」とも言われる大番狂わせのレースの一つとされていますが、実は「万馬券」にはならなかったレースでもあります。単複と枠連しかない時代だったとはいえ単枠指定の人気馬が飛んでこの結果…ということは、当時から既に競馬ファンの間でも笠松所属馬のレベルの高さが囁かれていたのではないか、それで少しばかり馬券が売れていたのではないかとも推測したりできます。



そんな笠松競馬のトップジョッキーとして、安藤騎手はフェートノーザンやマックスフリートといった強豪馬の主戦を務めタイトルを手にしたほか、「伝説」と呼ばれた名古屋競馬所属の坂本敏美騎手が不慮の事故で騎手を引退余儀なくされすると、今度は「東海のエース」として期待をされるようになり、地方騎手招待競走をヤエノムテキの父としても知られるヤマニンスキーでの初勝利を皮切りに中央競馬に活躍の場を広げていきます。
ライデンリーダー、レジェンドハンターといった笠松所属馬を相棒に中央競馬のレースで激戦を繰り広げたのは有名ですね。ちなみにフェートノーザンが中央から移籍してきた当初のライバルだったのがワカオライデン。ライデンリーダーの父でもあります。



2002年にJRA騎手試験を合格、中央競馬に移籍すると、ビリーヴの高松宮記念でG1初制覇を成し遂げ、その後もキングカメハメハでのダービー制覇ダイワメジャー・スカーレット兄弟の主戦として日本競馬界を席巻、名実ともに日本のトップジョッキーとして活躍し続けることになります。
近年は減量なども考慮し騎乗数を減らす方針としながらも、マルセリーナでの桜花賞制覇や、ウインバリアシオンとのコンビで三冠のかかったオルフェーヴル相手に健闘などが見られました。しかし今年のパドトロワでの京阪杯を最後に騎乗することがなくなると、腰痛の悪化や納得のいく騎乗ができなくなったために騎手免許を更新せず、2013年1月31日をもって引退すると昨日の会見で発表されました。また一人、日本の競馬界から名手がターフを去ることとなったのです・・・




Guten Tag!! みなさんこんにちは、日本大学の松野です。

今回は急遽ブログに書く内容を変更して安藤勝己騎手の引退を記事のテーマとしました。
確かにここ最近休業届けのないまま騎乗がない辺りからも薄々感づいてはいました。とはいえまた暖かくなったらひょっこり顔を出すのではないかと期待もしていただけに残念です。去年の春先から引退を考えていたと会見で話していましたが、2歳戦に騎乗していなかったのもそういう意図があったのからなのかもしれませんね。さて安藤騎手といえばダイタクリーヴァのエピソードや、スズカマンボでの大波乱演出など様々な逸話がありますが、


個人的に印象に残っているのはゼンノロブロイが勝った2004年のジャパンカップです。
この時安藤騎手が乗ったのは7番人気の3歳馬デルタブルース。菊花賞を勝って臨んできたとはいえ不安視する声の方が多く聞かれました。
僕はデルタブルースが先行することを考えると、マグナーテンやコスモバルクといった馬と競り合うことになって流石に厳しいのでは…と思い、差し馬のナリタセンチュリーが先行馬を掃除すると予想していました。
レースがスタートするとデルタブルースは出遅れ。ところがゼンノロブロイの背後につけて脚をためると、最後はゼンノロブロイの抜け出した後ろから猛然と追い込んで先行し粘るコスモバルクにクビ差まで迫る3着。ナリタセンチュリーは最後詰め寄りましたが5着でした。
4着だった仏調教馬のポリシーメイカーが好走したことにも驚きましたが、それよりデルタブルースはこんな競馬が出来るのかという驚きと、直線の安藤騎手が超絶に、それでいて重心がぶれないで「スマート」に追っている姿が凄いなと、テレビで観戦していて思った覚えがあります。






そんな僕らうまカレメンバーが生まれる前から競馬に携わり、活躍し続けてきた安藤勝己騎手。
現在はラブミーチャンなどが活躍しているとはいえ笠松競馬の開催も(公営競馬全体に言えることですが)厳しい状況にあります。





「また何かの形で競馬に携わりたい」と会見で仰られていただけに、またどこかでお会いできたらいいなと思います。ともかく今は長きにわたる騎手生活、お疲れ様でした。






そして、沢山の感動をありがとうございました。

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全国の大学に在る競馬サークルのメンバーを中心とした競馬を愛する学生たちが既存の競馬ファンだけでなく、競馬をやったことのない人たちにも『競馬の楽しさや素晴らしさを伝えよう!』と立ち上げた学生団体です。

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オグリの時代に生まれた僕らで
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※2005年より20歳以上であれば学生でも勝馬投票券を購入できるようになりました※

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