突然の訃報を受けて








それでも週末はやって来る。それでも競馬はやってくる。




何があったのかは分かりません。少なくとも、前後の出来事やこれまでの経緯を踏まえていたとしても、
あれこれ推測だけで言及することが良くないことは分かっています。




それでも、何かを考えなければ、何かを書き殴らなければ収まらない。
今日はそんな時間が終日、自分の中で続いていました。




ボクが競馬を見始めた頃の後藤浩輝騎手は、国際派の面白い騎手という印象。
日本にいても十分好成績を残せる状況ながら、コネなしでアメリカやイギリスの競馬場に赴き、イチから武者修業を行うことは、並大抵の人間が出来ることではないと聞きますし、そう感じます。




競馬を見ていくうち、後藤騎手にクレバーな印象を抱くようになりました。
積極的な騎乗の裏に、探究心。ペースによっては「レースに動き」を入れ、直線は追い出しを待って進路を見つける。そして、何より勝負どころで「勝ちに行く」騎乗。
奇しくも、ステイゴールドは先日亡くなりました。斜行により一着失格となった京都大賞典ですが、これも勝負の世界だから起こり得たと言えます。




近年の度重なる落馬や、6日前の落馬も、やはり勝負の世界での出来事です。
ファンも含めて原因を検証し、考察することは当然ですが、その側面だけは忘れてはいけないと感じます。




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1度目の横断幕作りの際には、かつて確執もあった師・伊藤正徳調教師からも、復帰のお祝いメッセージを頂いています。なんとなく嬉しくなったことを、ふと思い出しました。




結局のところ、いまは「やるべきことをやる。」しか答えが浮かびませんでした。
寝て起きたら、小倉の1Rが発走します。これ以上は考えていても、何も始まらない。




後藤騎手の冥福を祈りつつ、明日の予想を始めようと思います。
ザサンデーフサイチ、1年1カ月ぶりですか…。





(日本大学・松野凌也)


記録にも、記憶にも残る名馬~旅の続き~





皆様こんにちは、お久しぶりです、現在第21次ロールケーキブームが到来しているうまカレ初代代表佐藤ワタルです。


特にフルーツロールケーキがマイブーム。今年も甘党の道をひたすら邁進しています。この道、ゴールは病院ですね。



そんな今日この頃。


もうすぐ桜の季節、しかし寒い日が続きますね…
外は寒い、財 布の中も寒い…皆さんがそういう状況になっていないことを願うばかりです。

競馬のほうは1回東京開催が終わり、2回中山開催が始まりました。もう春のトライアルシーズン。着実に春はすぐそこまで来ています。



さて…前回、4ヶ月前の血統話は凱旋門賞後ということでゴールドシップとメジロ牧場、北野社長の執念を取り上げました。


今日は、馬へ懸ける執念は北野社長を超える、日本競馬を変えたホースマンと、とある馬について、のんびり書いていくことにしましょう。


今回も長いです。お手元に飲み物とおつまみのお菓子やケーキの用意はできていますか?




ーーーーー

この前、とあるお店でパンケーキの早食いを敢行していた際、お店のBGMで懐かしい曲が流れてきました。『We Are The World』
1985年に発売されたこの曲を知らない人はあまりいないのではないでしょうか。


マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチ―というレジェンド2名によって作られたこの曲は、多数の大物ミュージシャンがレコーディングに参加したことで有名です。

あれから30年。シンディ・ローパー先生の髪の色はあれから何回変わったのでしょう…



まあそれはどうでもいいのですが、このWe Are The Worldのレコーディングに参加していた、アメリカを、そして世界を代表するミュージシャンの一人がスティーヴィー・ワンダー。

スティーヴィー・ワンダーは生まれてすぐに目が見えなくなったものの、数々のハードルを乗り越えて現在の地位を確立したことで知られています。

今日はスティーヴィー・ワンダーの楽曲から名付けられ、多くのハードルを乗り越え、数多くの人々の想像を超える活躍を見せた迷…名馬の話をしていきましょう。


ーーーーー



今、日本で最も活躍馬を輩出している牧場は?と聞かれたら、あなたはどう答えますか?

私は千代田牧場贔屓ということもあり、 たぶん『千代田』と答えるでしょう(実際昨年末からスゴい勢いなんです!)



まあこの質問に対して、たぶん聞かれた100人中99人が、社台グループのいずれかの牧場の名前を挙げるでしょうね。

実際社台グループ生産馬のレベルの高さはビッグレースの結果が証明していますし、日本競馬を世界水準に引き上げたのは間違いなく社台グループです。


そんな社台グループの基である千葉社台牧場が誕生したのは1955年。今からちょうど60年前ですね。

創業者は吉田善哉社長。

現在社台グループを牽引する『吉田三兄弟』の父であり、日本競馬界に大きな足跡を残した人物として知られています。


善哉社長は馬に対して妥協せず、非合理的なものを嫌う人物だったとされています。海外から多くの種牡馬を輸入するなど、戦後から世界を意識していた善哉社長の下で、社台グループは成長していきました。


ただ種牡馬というのはほんの一握りが成功し、大多数の種牡馬は失敗とされる厳しい世界。ここ最近社台が輸入する種牡馬は大体ある程度成績を残していますが、一昔前の社台の輸入種牡馬の成績はお世辞にもいいとは言えないもの。いわゆる『当たり』とは言えない種牡馬の輸入が続き、一時期牧場の経営は危険水域に到達します。



その窮状を救ったのが、大種牡馬ノーザンテースト。(ノーザンテー ストの話は『星になった聖剣~デュランダル~』http://umacollege.blog.fc2.com/blog-entry-178.htmlで)

ノーザンテーストは20世代連続で産駒が重賞制覇するなど、社台グループの発展に大きく貢献。ノーザンテーストはまさに『社台を変えた馬』と言えます。今も北海道・ノーザンホースパークには吉田善哉社長とノーザンテーストの像がありますね。

ノーザンテーストは社台グループに繁栄をもたらし、善哉社長に初のダービータイトルをもたらすダイナガリバーを輩出。ガリバーはいくら失敗しても諦めなかった善哉社長の執念が生みだした馬かもしれません。




1979年春。社台ファームでロイヤルサッシュという繁殖牝馬が、1頭の鹿毛の牝馬を出産。父に大種牡馬ノ ーザンテーストを持つこの牝駒が、のちのダイナサッシュ。
ノーザンテースト産駒がまだ走りだしたあたりで、近親に活躍馬はいるものの、いわゆる超良血というわけでもなく、母ロイヤルサッシュの父は善哉社長があまり好んでいなかったとされるプリンスリーギフト。善哉社長の期待度はそこまで高くなかったかもしれ ません。


実際ダイナサッシュは競走馬デビューするも、9戦0勝で現役を引退。ここまではどこにでもいるような凡庸な競走馬だったと思います。

そこまで大きく期待されず繁殖入りしたダイナサッシュに交配された種牡馬がディクタス。



ディクタスはフランスで競走馬生活を送り、マイルG1ジャックルマロワ賞を制覇。フランスで種牡馬入りし、ある程度の実績を残していたところで社台グループが購入。
購入した決め手は定かではありませんが、マイルからクラシックまで勝った距離適性、そしてワーデンなど善哉社長が好きだったとされる血を持っていたことも決め手の一つだったかもしれませんね。



ディクタス自身、普段おとなしい割に突然暴れるなど気性に難があったとされますが、ダイナサッシュの子にもその難しい気性が遺伝。

1985年に社台ファーム白老(現在の社台コーポレーション白老ファーム)で産まれたダイナサッシュの2番子にあたる牡馬はとにかく気性が悪く、突然立ち止まる、突然立ち上がり2本脚で歩き始め騎乗者を振り落す、近づくと噛む、手綱を引っ張っても動かない…

この牡馬は数々の逸話で目立っていただけでなく、栃栗毛で金髪、ド派手な流星を持つなど外見も目立っており、調教でも抜群の動きを披露。

その乗り味を誰しもが絶賛したと言われるこの牡馬が、後にサッカーボーイと命名され、今月末をもって引 退する小野幸治厩舎でデビュー。1988年マイルCSを制覇することとなります。
爆発的なスピードが身体へ大きな負担を掛けていたためか競走馬生活は長くありませんでしたが、1988年の函館記念で樹立した函館レコードは今も破られていません。



サッカーボーイが活躍した1988年に産まれたダイナサッシュの5番子にあたる牝馬も、全兄がサッカーボーイということでかなりの期待を掛けられ…ますが、競走馬デビューするも5戦未勝利で故障、引退。

不本意な成績を残して繁殖入りしたこの馬が、ゴールデンサッシュです。


このロイヤルサッシュの一族は気性があまり良くないことに加え、身体が小さいというネックがある ことで知られており、サッカーボーイも牡馬ではそこまで大きくない部類に入る450キロ前後、ゴールデンサッシュは420キロほど。ゴールデンサッシュも使い減りしたりしなければ活躍できた…かもしれませんね。




繁殖入りしたゴールデンサッシュが2番子に牡馬を産んだのが1994年のこと。

この一族らしく小柄なこの牡馬は、特に目立つこともなく、すくすく成長していきます…


が。


育成段階に入ってから、この牡馬の気性は豹変。周りの馬に噛みつく、担当者を襲う、急に立ち上がる、そのまま2本脚で歩くなど、伯父にあたるサッカーボーイを彷彿とさせる『問題児』に成長。


そうですね。彼が今日のお題、ステイゴールドです。


『ゴッドファーザー』などで知られる世界的映画監督、フランシス・フォード・コッポラが監督の映画『アウトサイダー』の主題歌で、スティーヴィー・ワンダーの楽曲 『Stay Gold』が名前の由来とされています。


4足歩行の馬が2足で歩く、この芸当は相当な腰の強さがないとできません。身体の柔らかさなども相当だったのでしょう。

気性の強さは伯父サッカーボーイ、母父ディクタスに通ずるものがあり、小柄ということも含め、まさにロイヤルサッシュ一族『らしい』馬と言えるかもしれません。



その後栗東の名伯楽・池江泰郎調教師の元に預けられたステイゴールド。
気性難は相変わらずで、騎乗者を振り落すのは日常茶飯事、すぐに栗東で有名な馬となります。別の意味で。

ただ、振り落した騎乗者の落馬後の様子を見るなど、気性難、というより人を試すような 、賢さからくる行動だった、という説もあります。乗ってるほうからしたらたまったもんではないでしょうが。。


池江厩舎を代表する名馬・メジロマックイーンも賢く、人を選ぶ馬だったという話が残っていますが、その2頭による配合で生まれたオルフェーヴル、ゴールドシップなどもただの気性難とは言えない気はします。



ステイゴールドの現役時代に関しては広く知られていることですし、あえてここで詳しく書かなくてもいいでしょう。

デビュー3戦目、4コーナーで逸走、Uターンして鞍上の熊沢騎手を振り落して競走中止など、問題児ぶりをいかんなく発揮。

その後も本気で走らない、手を抜くな どを繰り返し、主な勝ち鞍が3歳夏の1000万条件・阿寒湖特別のままG1で2着4回。

現6歳時に目黒記念を勝って重賞初制覇となりますが、場内では大きな拍手が起こるなど、多くの ファンに愛される存在へと成長します。


その目黒記念の一週間後に競馬を始めた私にとって、競馬人生で数多くある後悔の一つが、もっと早く競馬を始めてこの記念すべき?目黒記念を生で観たかったということです。



目黒記念を勝って重賞ウィナーの仲間入りをしたステイゴールド。翌年中東・ドバイで行われたシーマクラシックで、その年ヨーロッパ古馬最強ともいえる活躍を見せたファンタスティックライトを破る大金星を挙げるなど、常にファンの想像の上を行く馬でしたね。


そしてその年の冬。引退レースとなった香港ヴァーズで絶望的な位置取りからエクラールを差し切り、引退レースでG1初制覇。

レース映像を 観ると分かりますが、常に左にモタれる癖のあったステイゴールドが、なぜかこのレースは右にモタれています(笑)

騎手も焦るでしょうが、そこは日本を代表する名手である武豊騎手、すぐに態勢を立て直しながら手前を変える神業を披露。

最後の最後で人馬一体となったことが、『翼が生えた』とまで言われる凄まじい末脚に繋がったのでしょうし、もちろん若いころから競馬を教えてきた熊沢騎手、そして根気強く接してきた厩舎スタッフの努力の積み重ねの結果でもあるでしょう。


ドバイで倒したファンタスティックライトも、香港で倒したエクラールも、どちらも鞍上は世界を代表する名手ランフランコ・デットーリ。

デットーリはステイゴールドが香港ヴァーズを最後に引退するこ とを聞き、『それは僕にとっていいニュースだ(笑)』と喜んだそうです(笑)あのデットーリにここまで言わしめた馬はステイゴールドの他にいるのかどうか…




香港ヴァーズ後、引退、種牡馬入りしたステイゴールド。最初はそこまで期待される存在ではなかったものの、自身は7歳冬に初G1制覇だったのに2歳王者ドリームジャーニーを輩出するなど、種牡馬入り後もファン、生産界の想像の上を行っていた同馬。その後、オルフェーヴル、ゴールドシップなど数々の強豪が輩出されていくこととなります。



そして。



今年、2015年2月5日。ステイゴールドは突然この世を去ってしまいました。常にファンに驚きを与えていた彼は、最期まで、ファンに驚きを与え、星となりました。



現役時代、気難しく、左にモタれる癖があったステイゴールド。活躍した産駒にも気性が難しい、少々変わった馬が多いのも特徴ですね。


すぐに思い出されるところでは、オルフェーヴルの新馬や菊花賞のゴール後、そして今や伝説となった阪神大賞典の逸走がありますし、ゴールドシップも乗りこなすのが難しいタイプ。ナカヤマフェスタも調教コースで突然止まったり、調教コースの入り口で立ち止まり動かなかったりする馬でした。

ドリームジャーニーにしても気の強さがあり、左回りで内にモタれるところは父ステイゴールドと一緒。新馬勝ち以降、結局左回りで勝つことなく引退。


現役だと、直線で両隣りに馬がいないと競馬を投げ出す5勝馬コアレスドラード、力はあるのに乗り難しく出世が遅れているロンギングゴールド、グリーンラヴ、マクベスバローズ、マイティースコール…次々と名前が出てきます(笑)


今年の3歳にはココロノアイという期待の牝馬が登場。彼女も昨年のアルテミスステークスを思いっきり引っかかりながら勝ち、阪神ジュベナイルフィリーズではゴール後制御不能状態に陥るなど、お転婆ぶりをいかんなく発揮していま す。

ちなみにココロノアイの馬名由来は、スティーヴィー・ワンダーの楽曲『心の愛(I Just Called to Say I Love You)』から取られていることで知られており、父であるステイゴールドを意識した名前。管理調教師の尾関師とっておきの名前だったようです。




産駒だけではありません。ロイヤルサッシュ一族はステイゴールドを輩出した後も活躍馬を次々に輩出。


強敵相手に常に善戦するも勝ち切れなかったドリームパスポート。彼はステイゴールドの甥にあたります。さすがにステイゴールドほど小柄ではないですが、牡馬としてはそこまで大きくない身体で奮戦するも2、3着を重ねる姿にステイゴールドの面影を感じた人も少なくないはずです。


G2を6勝し、『ダビスタ』の開発者である薗部博之氏がオーナーのバランスオブゲームは、母のいとこがステイゴールド。
3歳時の弥生賞で引っ掛かるも、ラチ沿いのカラスを見て落ち着きを取り戻すという不思議な馬でしたが、彼もまたG1で一歩足りない成績が続き、ステイゴールドを思い出した人も多いことでしょう。
バランスオブゲームの半弟であるフェイムゲームは更なる飛躍が期待されています。兄が獲れなかったG1を獲れる日が来るのか、楽しみですね。


タマモ〇〇〇プレイで知られる母ホットプレイの兄弟たちもステイゴールドの近親…というには少々遠いですが、親戚です。タマモトッププレイを筆頭にこちらも兄弟そろって気性が悪いですが、タマモベストプレイが現役で頑張っています。


昨年芝スプリント戦線で出世し、スプリンターズステークスを制したスノードラゴン。彼もまた、ロイヤルサッシュ一族出身。元々ダートで走っていましたが、『隣を走っている馬に合わせて走ってしまう』という癖の持ち主。そのため出世が遅れましたが、脚質を追い込みに変えてから一気に出世。その後芝に替わって、今ではG1馬。こちらも更なる飛躍が期待されています。


昨年、スプリンターズをスノードラゴンが制し、翌週京都大賞典(月曜に延期)でタマモベストプレイが2着、その翌週の秋華賞をショウナンパンドラが制しましたが、その秋華賞馬ショウナンパンドラはステイゴールドの姪。パンドラはこの一族らしく大きくはないですが、それをハンデとせず馬群を捌いてこれるあたりがロイヤルサッシュ一族の真骨頂。秋華賞はまさにそういう勝ち方でしたね。復帰が待ち遠しいところです。

ショウナンパンドラの半弟で現2歳の牡馬(父ネオユニヴァース)は、一族共通の気の強さに加え、この一族にしては身体が大きく(現在490キロちょっと)、どういう競走馬に成長するか、今からデビューが楽しみで仕方ありません。



ああ、他にも問題児がいました。クラシック候補と呼ばれながら現在伸び悩んでいるディープインパクト産駒・ラウンドワールド。伯父にステイゴ ールドを持つ彼は、4コーナーで外に馬がいると伸びないという難しい馬。
陣営も周りを気にしないよう馬具を工夫していますが、乗り難しい面は変わらず。重症です。
ただステイゴールド自身、軌道に乗ったのは6歳から。まだ可能性を残している馬ではありますね。


今年3歳戦線を賑わせている京成杯勝ち馬ベルーフ。彼はステイゴールドの妹でローズSを勝ったレクレドールの息子。ステイゴールドの甥にあたります。伯父や母をよく知る池江調教師の元、これからの飛躍が期待されている一頭です。
彼もまたデビュー前から色々と気の悪さを見せ、毎度レース前に『まともに回ってくれれば』というコメントが出るやんちゃなところを見せています。彼もまたこの一族らしい馬ですね。



このようにロイヤルサッシュ一族には個性的な気性を持った馬が大勢います。それでいてここまで活躍馬を輩出するのですから、相当なポテンシャルを秘めているのでしょう。



ステイゴールドは帰らぬ存在となりましたが、産駒たち、そして近親が、更にロイヤルサッシュの血を広げていくのは間違いありません。

その血には、日本競馬を軌道に乗せるきっかけを作った吉田善哉社長のこだわり、情熱、そして息子たちに引き継がれた夢が詰まっています。


ステイゴールド産駒は凱旋門賞であと一歩、というところまで来ていますが、それもまたステイゴールドらしいかもしれませんね。いずれ、日本競馬の悲願を叶えるのがステイゴールドの血ではないか、私はそう思います。香港表記が『黄金旅程』だったステイゴールド。旅はまだ、終わっていません。



引退レースである香港ヴァーズを勝った際3着に下した、ジャパンカップ2着馬インディジェナスの妹・ディラローシェとの間に産まれた天皇賞馬フェノーメノ。昨秋は不振でしたが、父ステイゴールドは晩成型。今春、天皇賞・春3連覇という大記録に挑みますが、記録達成の可能性は残されているでしょう。




記録にも、記憶にも残る名馬、ステイゴールド。その由来となったスティーヴィー・ワンダーの『Stay Gold』に次のような歌詞があります。



And yes, you say  
So must the day too,
fade away
And leave a ray of sun
So gold

そしてあなたは言う
太陽は必ず沈むもの
ただ、その時、残した一筋の陽の光は
とても輝いている


産駒、近親が更に輝きを増し、新しい伝説を作ってくれることを祈りながら、今日のお話はここまでとしましょう。





今日も長々と書いてきましたね。JR中央線に乗って新宿駅を出発したあたりから見始めたら、今頃国分寺あたりに着いたころでしょうか?





さて、もうまもなく桜が咲く季節。うまカレは今年も例年通り新歓が行われるはずです。


競馬は好きだけど競馬仲間がいない…
競馬界に興味がある…
馬券は買わないけど馬が好き、競馬が好き…

そんなそこのあなた。

うまカレはそんなあなたを歓迎します!



日々どういう活動をしているのか、ぜひ新歓に来ていただきたいですね。もしくは問い 合わせいただければ、後輩たちが丁寧に答えてくれるはずです。

1年生に限らず、2、3 年生も歓迎です。4年生は…就活終わってからぜひ(笑)



以上、プリンに醤油を掛けてはいけないことを最近学んだ、早大お馬の会佐藤でした!

アディオス!

荒尾競馬場の今

こんにちは、大妻女子大学の堀本です

地元が熊本のため、帰省したときに荒尾競馬場跡地へ行ってきました!
なので今回は荒尾競馬場の今について書こうと思います



初めに少しだけ荒尾競馬場の紹介を・・・


荒尾競馬場は1928年~2011年まで開催されていました。

本馬場入場の時の音楽は『五木の子守唄』『田原坂行進曲』という熊本を代表する民謡が流れていたそうです
私はこの2曲の歌がどのような歌なのか知らなかったので聴いてみたのですが
五木の子守唄は、なんだか眠くなりそうな歌で本馬場入場の音楽には不向きなのでは・・・。
と思いましたがその土地ならではの歌を流すという所が地方競馬の良さなのかもしれません!!

また、特別観覧席は普通500円するのですがファンサービスの一環として女性は無料だったそうです
この時から荒尾競馬はUMAJOに優しい競馬場だったんです!!


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年季が入ってはいますがこんなに可愛らしい看板もお出迎えしてくれます♪

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中へ進むと荒尾競馬の騎手さんたちの勝負服の絵がありました!

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荒尾競馬場でデビュー予定だった小山紗知伽さんという女性騎手の方がいたのですが、荒尾競馬場が廃止となり佐賀競馬に移籍されました。
この人は騎手学校時代から熊本のローカルテレビでも特集されていたため、競馬に詳しくない人でもなんとなくは知っていました。


パドック
やはり他の競馬と比べるとかなり小さなパドックでした。

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そして、これがコースです!
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ゴール板
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スタンド
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コースの向こう側には有明海があり、スタンドに出ると潮の香りがしました!
そのため、このような看板もありました写真 2015-02-09 15 44 21 (1)


また、ドアには『あとぜき』と書いた紙が貼ってありました(笑)
この意味を皆さんご存知ですか?
熊本弁なのですが、ドアを開けた後にきちんと閉めて下さいという意味です。
この様な張り紙があるという事も荒尾競馬ならではだなと思いました♪
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荒尾競馬場に来るまでは全く誰もいなくてガラーンとしているのだろうと思っていたのですが
実際に中へ入ってみると想像とは裏腹に、とても賑わっていました。
たぶん100人以上の人がいたと思います!
荒尾競馬は開催されていないのにも関わらず、なぜそれほど賑わっていたのかというと現在はBAOO荒尾となり他の競馬場の馬券が買えるからです。
そこにいらっしゃった9割の方が男性だったので私は軽くういてしまったのですが・・・笑


今はパドックやコースにも草が生えていたり、スタンドはさびついていたりしたのですが
昔は他の競馬場の様に盛り上がっていたのかと思うと寂しくなります。

そして、今後は跡地に病院を建設されるという噂がたっています。

私としては荒尾競馬に復活して欲しいですが
実際それは難しいと思うので今後地方競馬が無くならないことを願い、観に行こうと思います。








プロフィール

うまカレ


全国の大学に在る競馬サークルのメンバーを中心とした競馬を愛する学生たちが既存の競馬ファンだけでなく、競馬をやったことのない人たちにも『競馬の楽しさや素晴らしさを伝えよう!』と立ち上げた学生団体です。

学生競馬ファンのリーディングとして、主に学生を中心とした同年代へ向けて、競馬の素晴らしさ、面白さを様々な視点やコンテンツを通じて紹介し、競馬文化の普及、競馬事業への文化的支援を行うことを目的としています。

オグリの時代に生まれた僕らで
オグリの時代の熱狂を、もう一度。

※2005年より20歳以上であれば学生でも勝馬投票券を購入できるようになりました※

お問い合わせ
umacolle@hotmail.co.jp

HP
http://umacolle.web.fc2.com/

うまカレ紹介ムービー
http://www.youtube.com/watch?v=RfyrC-KbZQ4


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